「運営指導 怖い」という検索語で、この記事に辿り着いた方がいるはずです。その不安は自然なものです。ただ、不安の多くは、運営指導と監査の区別がついていないことから生じています。
結論を先に書きます。運営指導は、事業者を支援することを目的とした手続であり、処分の手続ではありません。恐れるべきなのは運営指導そのものではなく、運営指導が監査に切り替わる瞬間です。そして、その切り替わりには法律上の条件があります。条件を知れば、何をしてはいけないかが分かります。
この記事の内容
- 1. 指導と監査は、根拠となる条文が違う
- 2. 運営指導は「支援」である
- 3. 監査に切り替わる二つの条件
- 4. 当日、言ってはいけないこと
- 5. 怖さの正体——情報の非対称
- 6. 当日の想定問答——十問
- よくある質問
1. 指導と監査は、根拠となる条文が違う
介護保険法における指導監督は、二つの異なる手続からなります。
指導
介護保険法第23条(市町村による文書の提出等の求め)および第24条(厚生労働大臣・都道府県知事による帳簿書類の提示等の求め)に規定された権限に基づいて行われます。これらは、事業者に対して報告や文書の提出を求める権限です。
監査
介護保険法第76条等に規定された権限に基づいて行われます。第76条は、都道府県知事等が事業者に対して報告・帳簿書類の提出を命じ、出頭を求め、職員に質問させ、事業所に立ち入って検査させることができる、と定めています。「命じ」「立ち入り」という強い権限であることに注意してください。
国の運営指導マニュアル(令和6年7月改訂)は、この二つを明確に区別しています。
介護保険制度における指導監督は、(中略)法第23条又は法第24条に規定する権限を行使し介護保険施設等指導指針に基づき行う介護保険施設等に対する「指導」、不正等の疑いが認められる場合に行う法第76条等の権限を行使し介護保険施設等監査指針に基づき行う介護保険施設等に対する「監査」により行われます。
介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月策定、令和6年7月改訂)
監査は「不正等の疑いが認められる場合に行う」ものです。運営指導は、その疑いがない段階で行われます。この違いを、まず押さえてください。
2. 運営指導は「支援」である
同じマニュアルは、運営指導の目的をこう記載しています。
介護保険施設等に対する指導については、適正な制度運用を図る観点から極めて重要であり、その実施に当たっては、介護保険施設等に対する支援として行うことを基本としております
同マニュアル「はじめに」
「支援として行うことを基本」と明記されています。行政の側も、運営指導を処分の入口として捉えているわけではありません。運営指導で不備が見つかった場合、通常の流れは、口頭または文書での指摘、改善報告の提出、そして改善の確認です。
勧告にできることは限定されている
運営指導の結果として出されうる最も重い措置は「勧告」ですが、マニュアルはその性質を次のように整理しています。
勧告は行政指導であり、人員や運営基準違反等、勧告内容は法律により限定されている。そのため、返還金の徴収や報酬請求誤りによる過誤調整の求め等については勧告できない。
同マニュアル 注8
つまり、運営指導の段階で「返還しろ」という勧告は出せません。報酬請求に誤りがあれば、自己点検の上で過誤調整を行うよう指導される、という流れになります。返還金の徴収は、監査を経て不正請求と認定された場合の話です。
3. 監査に切り替わる二つの条件
ここが、この記事で最も重要な部分です。運営指導は、次のような場合に監査へ変更されます。国の資料は、その条件を次のように整理しています。
- 著しい運営基準違反が認められ、利用者の生命等に危険がある場合
- 報酬請求指導の際に不正が確認され、著しく悪質な請求と認められる場合
言い換えると、二つのことが監査への引き金になります。第一に、利用者の生命・身体に危険を及ぼすほどの基準違反。第二に、単なる誤りではなく「不正」と評価される請求。運営指導で見つかる不備の大半は、このどちらにも当たりません。人員基準の一時的な欠如、記録の不備、加算要件の解釈の誤り。これらは指導と改善で終わります。
ただし、「単なる誤り」と「不正」の境目は、事業者側の対応で動きます。次の節で説明します。
4. 当日、言ってはいけないこと
運営指導の場で事業者側が最もやってはいけないのは、誤りを不正に見せてしまう対応です。具体的には、次の三つです。
推測で答える
「たぶん」「おそらく」「〜だったと思います」。記録にないことを推測で埋めると、後で記録と食い違ったときに、虚偽の説明をしたと受け取られる危険があります。分からないことは「確認して回答します」と答えるのが正しい対応です。
過度に自己断定する
逆に、「それは不正でした」「違反です」と自ら断定することも避けるべきです。加算要件の解釈は一義的でないことが多く、事業者側の解釈が誤りと決まったわけではない段階で、自ら不正を認める必要はありません。事実は正確に説明し、評価は留保する。これが基本です。
記憶で断言する
「毎回やっています」「必ず記録しています」。記録がないのに記憶で断言し、後で記録の欠落が見つかれば、説明の信用性そのものが崩れます。記録に基づいて説明し、記録がないものはないと言う。誠実さは、事実に対する正確さで示すものです。
5. 怖さの正体——情報の非対称
運営指導が怖いのは、何を見られるのかが分からないからです。しかし、確認項目と確認文書はマニュアルに標準化されて公開されています。札幌市であれば、指導監査要綱と集団指導資料も公開されています。行政の側が見るものは、事業者の側も事前に見ることができます。
非対称は、読めば消えます。運営指導の準備とは、行政が見るリストを自分で先に見る作業です。
6. 当日の想定問答——十問
実際に問われやすい事項を挙げます。答え方の方針とともに示します。
- 「この加算の算定要件をどのように満たしていますか」——要件を一つずつ挙げ、それぞれの根拠資料を示す。資料がないものは、ないと言う
- 「この日の勤務体制を説明してください」——勤務表を示し、実態と一致していることを説明する。不一致があれば、その理由を事実として述べる
- 「この利用者のサービス提供記録が見当たりません」——記録の有無を確認し、ないなら「確認して回答します」。推測で埋めない
- 「委員会は何回開催しましたか」——議事録と参加者名簿で示す。開催していない回があれば、事実として認める
- 「研修はどのように実施していますか」——実施記録、資料、参加者名簿を示す
- 「BCPの内容を説明してください」——策定済みなら文書を示す。訓練の実施記録があれば併せて示す
- 「重要事項説明書の内容と運営規程が一致していません」——不一致の箇所を確認し、どちらが実態かを説明する
- 「この請求は誤りではありませんか」——事実を確認した上で、誤りであれば過誤調整の意向を示す。不正ではなく誤りであることを、事実で説明する
- 「利用者からの苦情はありますか」——苦情受付記録を示す。隠さない
- 「改善はいつまでにできますか」——即日できるものと時間を要するものを分け、後者は改善計画として期限を示す
よくある質問
Q. 運営指導の通知が来ました。監査になるのでしょうか。
A. 運営指導の通知は運営指導の通知です。監査は別の手続で、不正等の疑いがある場合に行われます。通知が運営指導である限り、その段階で監査が予定されているわけではありません。
Q. 運営指導で不備が見つかると、必ず返還になりますか。
A. 運営指導の段階で返還金の徴収を勧告することはできないとマニュアルに明記されています。報酬請求の誤りは自己点検の上で過誤調整を行うよう指導されるのが通常です。
Q. 自己点検で不備を見つけました。隠したほうがよいですか。
A. 逆です。自ら見つけて改善に着手していることは、運営体制が機能している証拠になります。隠して発覚した場合との差は大きいです。
Q. 弁護士を呼ぶと、行政に警戒されませんか。
A. 目的を明確にしていれば問題ありません。説明の統一と論点の管理のために同席する、という位置づけであれば、対立的に受け取られることは通常ありません。
Q. 不正と誤りの境目はどこですか。
A. 一義的な線はありませんが、要件を知りながら算定した、指摘後も繰り返した、資料を作り替えた、といった事情があれば不正の方向に評価されます。逆に、解釈の誤りであること、指摘後速やかに是正したことを事実で示せれば、誤りとして扱われやすくなります。
参考資料(一次資料)
- 介護保険法第23条、第24条、第76条
- 厚生労働省老健局総務課介護保険指導室 介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月策定、令和6年7月改訂) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001281524.pdf
- 厚生労働省老健局 介護保険施設等に対する監査マニュアル(令和6年4月) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001259199.pdf
- 介護保険施設等の指導監督について(令和4年3月31日老発0331第6号)
ご相談について
通知が届いた時点でご連絡いただければ、自己点検の進め方と当日の説明の統一を一緒に組み立てます。当日の同席もお受けしています。準備が終わってからでは間に合わないことが多いため、通知が届いた段階でのご相談をお勧めします。
運営指導・監査・労務でお困りではありませんか
通知が届いた、指摘を受けた、返還を求められている、職員との間で問題が起きている。介護・障害福祉の現場で起きる問題は、制度と実務の両方を知らなければ対応できません。
札幌手稲ポプラの丘法律事務所は、弁護士として約17年の実務経験をもとに、札幌市・石狩市・小樽市の介護・障害福祉事業者の法務をお受けしています。就業規則の整備、運営指導への同席、返還請求への対応、処分に対する弁明まで。
準備が終わってから相談するのでは、間に合わないことが多いです。
お電話でのご相談
TEL 011-558-1763(平日9時〜18時)
札幌市手稲区手稲本町2条4丁目8-1 杉本ビル201 JR手稲駅南口から徒歩2分

