【2026年10月1日施行】不動産業のカスハラ対策義務化——入居者・オーナー・内見客への対応

不動産事業者向け

2026年10月1日から、労働者を1人でも雇用しているすべての事業主に、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)を防止するための雇用管理上の措置を講じる義務が課されます。企業規模による猶予はありません。賃貸管理会社も売買仲介会社も、施行日の朝には義務を負っている状態になります。

根拠は、2025年6月11日に公布された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)です。何を整えればよいかは、厚生労働省が2026年2月に告示した指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に示されています。

不動産業には他の業種にない構造があります。管理会社の従業員は、契約の相手方であるオーナーと、契約の相手方ではない入居者の両方から言動を受けます。仲介会社の従業員は、まだ契約していない内見客から言動を受けます。この三つの場面を指針に当てはめ、10月1日までに何を整えるべきかを書きます。

この記事の内容

1. 何が義務になるのか——法律の骨格

今回の改正は、パワーハラスメント防止措置を定めていた労働施策総合推進法に、カスハラ防止措置を加えるものです。改正後の第33条第1項は、顧客等の言動のうち「社会通念上許容される範囲を超えたもの」により労働者の就業環境が害されることのないよう、相談体制の整備、抑止のための措置、その他雇用管理上必要な措置を講じることを事業主に義務づけています。第2項は相談したことを理由とする不利益取扱いを禁止し、第3項は、他の事業主から措置の実施に協力を求められた場合に応じる努力義務を定めています。第3項は、管理会社とオーナーのように複数の事業主が一つの現場に関わる不動産業で意味を持ちます。中小企業の猶予期間はありません。

カスハラの定義——三つの要素

  1. 顧客等の言動であること
  2. 労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること
  3. 労働者の就業環境が害されること

指針は同時に、社会通念上許容される範囲で行われた苦情は「いわば正当な申入れ」であってカスハラに当たらない、と明記しています。設備の不具合を伝える入居者の電話、報告の遅れを叱責するオーナーの言葉は、それ自体はカスハラではありません。線を引くのは、要求の内容と、手段・態様です。

2. 「顧客等」に誰が含まれるか——入居者・オーナー・内見客

不動産業で最初に確認すべきなのは「顧客等」の範囲です。指針の定義は次のとおりです。

「顧客等」とは、顧客(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客も含む。)、取引の相手方(今後取引する可能性のある者も含む。)、施設の利用者(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の施設を利用する者をいい、今後利用する可能性のある者も含む。)その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者を指し、例えば、以下の者等が含まれる。

令和8年厚生労働省告示第51号 2(4)。例示に「問い合わせをする者」「取引先の担当者」「施設の近隣住民」等
  • 入居者——管理会社と契約関係がなくても「事業に関係を有する者」に当たります。家族・同居人も同様です
  • オーナー——管理受託契約の相手方であり、「取引の相手方」そのものです
  • 内見客・問合せ客——契約前でも「潜在的な顧客」「問い合わせをする者」として含まれます
  • 近隣住民——管理物件の騒音やごみ出しに苦情を入れる隣地の住民も含まれます

「オーナーは取引先だからカスハラの話ではない」という整理は成り立ちません。加えて指針は、「顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であれば」職場に該当し、「電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれる」と明記しています。入居者宅での設備点検、内見案内、深夜の緊急連絡先への電話は、すべて職場です。

3. 不動産業に固有の三つの場面

場面① 入居者から管理会社への言動

最も件数が多い場面です。深夜早朝に繰り返し電話を鳴らす、担当者個人を罵倒する、契約にない設備の新設や家賃減額を執拗に求める、従業員の氏名をSNSに書くと言って脅す。指針は範囲を超える例として「契約等により想定しているサービスを著しく超える要求」「長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束すること」を挙げており、多くはこれに直接当てはめて判断できます。札幌では暖房・給湯・水道凍結のトラブルが12月から2月に集中し、緊急対応の電話が深夜に及びます。緊急の範囲と、緊急でない要求を翌営業日に回す基準を契約書と入居時説明に置くことが、従業員を守る第一歩です。

場面② オーナーから担当者への圧力

オーナーは契約の相手方であり、管理料の支払者です。担当者の交代を執拗に求める、業務時間外の私的な用事に付き合わせる、入居者への違法な対応を指示する。こうした言動があっても、従業員は「契約を切られる」と考えて抱え込みます。指針は、協力を求められた事業主が「協力を求められたことを理由として、当該事業主との契約を解除する等の不利益な取扱いを行うことは望ましくない」と述べており、オーナーに事実確認への協力を求めることは法が想定する正規の手順です。「担当者個人ではなく会社が対応する」と決め、管理受託契約書と業務連絡のルールに書いておくことが、担当者を圧力から切り離す方法です。

場面③ 内見・契約段階の客からの言動

際限なく案内への同行を求める、入居審査の結果を伝えた後に長時間の電話で理由の開示を迫る、重要事項説明の場で担当者を罵倒する。指針は「同様の質問を執拗に繰り返すこと」「揚げ足取り、執拗な責め立てをすること」を継続的・執拗な言動の例に挙げています。案内回数の目安を事前に伝える、審査結果の伝え方を社内で統一する、重要事項説明は原則2名で行う、といった業務ルールがそのまま防止措置になります。

4. 事業主が講ずべき措置——指針の骨格

指針が義務として定める措置は次の五つです。

  1. 方針等の明確化と周知・啓発——労働者を保護する方針と対処の内容を定めて周知する
  2. 相談体制の整備——相談窓口を定めて周知する
  3. 事後の迅速かつ適切な対応——事実確認、被害者への配慮、再発防止
  4. 抑止のための措置——特に悪質なものへの対処方針を定めて周知する
  5. 併せて講ずべき措置——プライバシー保護と、相談を理由とする不利益取扱いの禁止

四つ目の「抑止のための措置」は、パワハラ防止指針にはなかった項目です。指針は特に悪質なものへの対処の例として、警察への通報、警告文の発出、法令の制限内でのサービス提供の拒否、施設等への出入りの禁止、民事保全法に基づく仮処分命令の申立てを挙げています。管理会社であれば、書面による警告、弁護士名での通知、通常の問い合わせ窓口の一本化・制限がここに位置づけられます。ただし、緊急連絡先を一律に着信拒否する対応は勧められません。漏水・火災・安否確認など生命・身体に関わる連絡まで遮断すれば、入居者の権利や安全への配慮を欠くことになります。指針も、サービス提供の拒否等に当たって顧客等の生命・心身の健康への影響に留意することを求めています。通常の要求については窓口を限定しつつ、必要な緊急連絡手段は確保する設計にしてください。

5. 就業規則・ハラスメント防止規程に何を足すか

既存のパワハラ・セクハラ防止規程の多くは「職場内」のハラスメントだけを対象にしています。対象を「顧客等」に広げる改定が必要です。

  • カスハラの定義を規程に置き、「顧客等」に入居者・オーナー・内見客・近隣住民が含まれることを明示した
  • 会社としてカスハラを許容せず従業員を保護する方針を宣言した
  • 相談窓口と担当者を指定した(外部窓口を含めるかどうかを決めた)
  • 相談・報告後の対応手順(事実確認、記録、被害従業員の保護、行為者への対応)を定めた
  • 特に悪質な事案への対処方針(警告文、問い合わせ窓口の一本化・制限、サービス提供の拒否、法的措置)を定めた
  • 相談を理由とする不利益取扱いの禁止とプライバシー保護を規定した

カスハラ対策の措置義務と、労働基準法上の就業規則の作成・届出義務は別のものです。措置義務は企業規模を問わずすべての事業主が対象で、方針の明確化・周知と相談体制等を整備すれば足り、周知の方法は就業規則に限られず、パンフレット、社内サイト、研修なども指針に例示されています。必要に応じて就業規則や対応マニュアルを見直してください。常時10人以上の労働者を使用する事業場で就業規則を変更する場合は、労働基準法第90条に基づき、労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴き、意見書を添付して労働基準監督署に届け出る必要があります。10月1日に間に合わせるには、意見聴取の日程を先に押さえてください。

6. 契約解除・更新拒絶との関係——カスハラ対策の出口

カスハラ対策には出口が必要です。ここが整っていないと、従業員は「結局、我慢するしかない」と受け取ります。入居者との賃貸借契約の出口は簡単ではありません。借地借家法第28条は、賃貸人による更新拒絶や解約申入れに「正当の事由」を要求し、民法第541条による解除は債務不履行が前提で、判例上、賃貸借では当事者間の信頼関係が破壊されたと認められる程度に達していることが必要と解されています。従業員への暴言・脅迫や他の入居者への迷惑行為は、契約書の禁止事項に該当すれば、この判断材料になります。契約書に禁止事項と解除条項を置き、警告と記録を積み上げることが、従業員保護と出口の両方に効きます。

オーナーとの管理受託契約の解除は契約条項次第です。従業員に対する著しい迷惑行為を解除事由として明記しておけば、「担当者を守るために契約を終了する」判断を規程に基づいて行えます。内見客とは契約関係がないため、案内の打切りや来店の拒否を会社の方針として決めておけば足ります。

7. 違反した場合に何が起きるか

措置義務に違反した場合、厚生労働大臣による助言、指導、勧告の対象となり、勧告に従わなかったときは、その旨を公表されることがあります(改正後の労働施策総合推進法第42条)。刑事罰はありませんが、公表は地域で顧客を得ている不動産会社にとって重い制裁です。それ以上に重いのは民事上のリスクです。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

労働契約法第5条

従業員がカスハラで心身の健康を害した場合、必要な措置を講じていなかったことは、この安全配慮義務違反として損害賠償請求の根拠になります。措置義務が法定されたことで、「何もしていなかった」ことの意味が変わります。なお、マンション管理業では国土交通省が2023年9月11日に「マンション標準管理委託契約書」を改訂し、カスタマーハラスメントへの対応に関する規定を盛り込んでいます。管理組合との契約書と就業規則の整合も確認してください。

8. 10月1日までのチェックリスト

  • 現行のハラスメント防止規程の対象が職場内に限定されていないか点検した
  • カスハラの定義と方針を規程に追加する案を作成し、相談窓口と担当者を決めた
  • 常時10人以上の労働者を使用する事業場で就業規則を変更する場合は、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は過半数代表者)からの意見聴取の日程を確定し、労働基準監督署への届出を準備した
  • 従業員向け研修の日程を決めた
  • 入居者・オーナー・来店客向けに会社の方針を伝える掲示・書面を用意した
  • 緊急連絡先の運用ルール(緊急の範囲、時間外の扱い、通常の問い合わせ窓口の制限と緊急連絡手段の確保)を定めた
  • 賃貸借契約書・管理受託契約書の禁止事項と解除条項を確認した
  • 報告・記録の様式(日時、相手、内容、対応、録音の有無)を用意した

よくある質問

Q. 従業員が3人の小さな管理会社も対象ですか。

A. 対象です。労働者を1人でも雇用していれば事業主に該当し、企業規模による猶予もありません。相談窓口は経営者が兼ねることもできますが、外部の弁護士等を併せて指定しておくと従業員が相談しやすくなります。

Q. オーナーからの厳しい要求もカスハラとして扱うのですか。

A. オーナーは指針の「取引の相手方」に当たり、対象に含まれます。ただし、報告の遅れや業務の不備に対する叱責は正当な申入れであり、カスハラではありません。手段・態様が社会通念上許容される範囲を超えているかで判断します。

Q. 入居者宅を一人で訪問する設備点検はやめるべきですか。

A. 一律にやめる必要はありません。過去にトラブルのあった入居者や苦情が続く案件に限って2名対応にする、訪問前後に事務所へ連絡する、といった運用で足ります。

Q. カスハラをした入居者との契約を解除できますか。

A. 賃貸借契約の解除・更新拒絶には借地借家法の制約があり、迷惑行為だけで直ちに終了できるとは言えません。契約書の禁止事項、警告の記録、他の入居者への影響を積み上げた上で判断します。

Q. 就業規則の変更が10月1日に間に合いません。

A. 就業規則の改定だけが唯一の対応方法ではありません。ただし、施行日までに、方針の周知と相談体制に加え、事後対応、悪質な言動への対応、プライバシー保護、不利益取扱いの禁止など、指針で求められる措置を整える必要があります。必要に応じて別規程や対応マニュアル等で先行して整備し、就業規則の見直しを進めてください。何もしない期間を作らないことが重要です。

参考資料(一次資料)

ご相談について

当事務所では、賃貸管理会社・仲介会社の就業規則改定、カスタマーハラスメント防止規程の整備、賃貸借契約書・管理受託契約書の禁止事項と解除条項の見直しをお受けしています。施行日まで時間がありません。現行の規程と契約書をお持ちいただければ、追加すべき事項を具体的にお示しします。

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