監査の結果、不正請求と認定された場合、事業者は不正に受領した介護報酬を返還するだけでは済みません。返還額の40%に相当する加算金を上乗せして徴収されることがあります。1,000万円の返還であれば、加算金込みで1,400万円。この数字が事業の存続を左右します。
この記事では、加算金の根拠である介護保険法第22条第3項を条文から読み、最高裁判例が示したこと、「徴収することができる」という文言が持つ意味、そして公債権としての強制力と時効について整理します。読み終えたとき、自分の事案で何が争点になるかが見えるはずです。
この記事の内容
- 1. 条文——介護保険法第22条第3項
- 2. 「偽りその他不正の行為」——不正と誤りの境目
- 3. 最高裁が示したこと——平成23年7月14日第一小法廷判決
- 4. 「徴収することができる」——裁量があるということ
- 5. 返還金は公債権——強制力の強さ
- 6. 時効——5年が原則だが
- 7. 返還額の計算例
- 8. 自主申告と自主返還——いつ選ぶか
- よくある質問
1. 条文——介護保険法第22条第3項
まず条文を読みます。
指定居宅サービス事業者等が、偽りその他不正の行為により(中略)の規定による支払を受けたときは、当該指定居宅サービス事業者等から、その支払った額につき返還させるべき額を徴収するほか、その返還させるべき額に百分の四十を乗じて得た額を徴収することができる。
介護保険法第22条第3項(一部省略)
読むべき箇所は三つです。
- 「偽りその他不正の行為により」——加算金の対象は不正請求に限られる。単なる請求誤りは対象ではない
- 「返還させるべき額に百分の四十を乗じて得た額」——加算金は返還額の40%。返還額と別に、上乗せで徴収される
- 「徴収することができる」——義務ではなく、権限。徴収するか否かに市町村の判断が介在する
2. 「偽りその他不正の行為」——不正と誤りの境目
加算金は、不正請求に対する制裁的な性質を持つものです。したがって、請求に誤りがあったというだけでは加算金は課されません。誤りは過誤調整で是正されます。
では、どこからが「不正」か。国の監査関係資料は、監査において事実関係を確認し、不正請求であると認定した場合に指定取消等の行政処分を検討し、あわせて第22条第3項に基づき返還請求を行う、という流れを示しています。同時に、「監査の結果によっては、不正ではないという判断に至る場合もあり得ます」とも記載しています。監査に入ったからといって不正と決まるわけではなく、監査の中で不正か誤りかが判断されます。
実務上、不正と評価されやすい事情は次のようなものです。
- 加算の算定要件を満たしていないことを認識しながら算定を続けた
- 運営指導で指摘を受けた後も同じ請求を繰り返した
- 実際にはないサービス提供を記録上あったことにした
- 記録や勤務表を事後に作り替えた
- 組織的に、複数の職員が関与していた
逆に、加算要件の解釈が分かれる事案で、事業者側の解釈が結果的に誤っていたという場合や、記録の不備があるが実体としてのサービス提供は証明できるという場合は、誤りとして扱われる余地が十分にあります。
3. 最高裁が示したこと——平成23年7月14日第一小法廷判決
介護保険法22条3項をめぐる最高裁判例として、最高裁判所第一小法廷平成23年7月14日判決があります。事案の詳細は判決文に委ねますが、この判決は、本項が指定居宅サービス事業者等に対する返還金および加算金の徴収の根拠であること、そして医療保険各法(健康保険法58条3項、国民健康保険法65条3項等)に同趣旨の先行規定があることを前提に判断しています。
実務上の意味は、介護報酬の返還・加算金の問題を検討する際に、医療保険における同種規定の解釈・運用が参照される、ということです。医療機関に対する返還請求の実務は、介護より長い歴史があります。
4. 「徴収することができる」——裁量があるということ
条文は「徴収する」ではなく「徴収することができる」と書かれています。これは、加算金を課すか否かについて市町村に判断の余地があることを意味します。
これは事業者側にとって重要な点です。不正請求と認定された場合でも、加算金を課すかどうか、課すとしてどの範囲かについて、市町村と協議する余地があるということです。協議において意味を持つのは、次のような事情です。
- 自主的に申告し、監査を待たずに返還の意思を示したこと
- 不正の期間・範囲を自ら特定し、資料を提出したこと
- 再発防止策を具体的に講じ、実施したこと
- 組織的関与がなく、特定の職員の行為であったこと(ただし事業者の管理責任は別途問われる)
なお、減算が適用されるべきであったにもかかわらず減算せずに請求していた場合、加算金は減算分に対して40%を乗じて計算されます。全額の40%ではありません。この計算方法も、国の監査関係資料に記載があります。
5. 返還金は公債権——強制力の強さ
介護保険法に基づく返還金・加算金は、私人間の債権ではなく公債権です。ここに、事業者が見落としがちな強制力の差があります。
国の資料は、事業者が返還に応じない場合について、次のように整理しています。市町村は、債務名義(民事執行法第22条)を取得することなく、滞納処分を行うことが認められています。具体的には、財産の差押等の一連の手続を通じて、不正に取得した保険給付(加算金含む)相当の金額を強制徴収することになります(介護保険法第144条、地方自治法第231条の3第3項)。
通常の債権であれば、債権者は裁判を起こして判決を得なければ差押えができません。しかし介護保険法上の返還金は、裁判を経ずに差押えができます。さらに、債権の順位は国税および地方税の次に相当し、私債権より優先されます。金融機関からの借入金よりも先に回収されるということです。
「払わなければ裁判になるだろうから、それまで時間がある」という見通しは、この債権には当てはまりません。
6. 時効——5年が原則だが
地方自治法に基づく金銭債権の時効は原則5年です。返還請求もこの枠内で行われるのが通常です。
ただし、「偽りその他不正の行為」が認定される事案では、市町村が不法行為に基づく損害賠償請求の構成をとることで、さらに過去に遡及されるリスクがあります。また、「時効だから支払わない」という主張を正面から掲げることは、行政の心証を著しく悪化させます。時効の主張は、法的には可能でも、事業の継続を前提とするなら慎重に判断すべき事項です。
7. 返還額の計算例
具体的な数字で見ます。ある加算について、3年間にわたり算定要件を満たさずに算定していたとします。
- 当該加算の3年分の合計が800万円
- 不正請求と認定された場合の返還額——800万円
- 加算金(40%)——320万円
- 合計——1,120万円
仮に、これが不正ではなく誤りと判断された場合、過誤調整により800万円を返還することになりますが、加算金320万円は課されません。また、指定取消等の処分にも直結しません。不正か誤りかの評価が、320万円の差と、事業の存続の差を生みます。
8. 自主申告と自主返還——いつ選ぶか
社内で過去の算定誤りが見つかった場合、選択肢は二つです。黙って過誤調整だけを行うか、指定権者に自主申告するか。
放置は最も危険です。後の運営指導や監査で発覚した場合、知っていながら放置したと評価されれば、誤りが不正に転じます。自主申告は、その転化を防ぐ手段です。もちろん、申告の内容と範囲、返還の方法は事前に整理する必要があります。申告の仕方によって、行政の受け止め方が変わるからです。
よくある質問
Q. 加算金は必ず課されるのですか。
A. 条文は「徴収することができる」と規定しており、課すか否かは市町村の判断です。不正請求と認定された場合でも、自主申告や再発防止の状況によって協議の余地があります。
Q. 記録の不備だけで不正請求になりますか。
A. 形式的な記録不備だけで直ちに不正請求とされるわけではありません。実体としてサービスが提供されていたことを他の資料で証明できれば、誤りとして扱われる余地があります。
Q. 返還金を分割で支払うことはできますか。
A. 市町村との協議次第です。公債権であるため強制徴収が可能な債権ですが、事業継続を前提とした分割協議は実務上行われています。
Q. 返還に応じないと、どうなりますか。
A. 裁判を経ずに滞納処分(差押え)が可能です。債権順位は国税・地方税に次ぎ、金融機関の債権より優先します。
Q. 5年より前の分も請求されますか。
A. 原則5年ですが、不正の行為が認定される事案では不法行為構成による遡及のリスクがあります。時効の主張は法的には可能でも、事業継続への影響を考慮して判断すべきです。
参考資料(一次資料)
- 介護保険法第22条第3項、第144条
- 地方自治法第231条の3第3項、民事執行法第22条
- 最高裁判所第一小法廷平成23年7月14日判決
- 介護保険最新情報Vol.1249(令和6年4月5日 厚生労働省老健局総務課介護保険指導室)
- 厚生労働省老健局 介護保険施設等に対する監査マニュアル(令和6年4月) https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001259199.pdf
- 健康保険法第58条第3項、国民健康保険法第65条第3項(医療保険における同趣旨規定)
ご相談について
返還請求の通知を受けた段階、あるいは社内で算定誤りを発見した段階でご相談ください。不正か誤りかの評価、加算金の協議、自主申告の要否と方法について、事案に応じて整理します。早い段階ほど選択肢が多く残ります。
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