令和8年6月の臨時改定——処遇改善加算はなぜ返還事例が多いのか

介護事業者向け

2026年6月1日、介護報酬の臨時改定が施行されました。3年に一度の定期改定ではなく、処遇改善に特化した期中改定です。改定率はプラス2.03%、うち処遇改善分が1.95%。介護職員等処遇改善加算の加算率が引き上げられ、上位区分が新設され、対象サービスも広がりました。

この記事では改定の枠組みを整理した上で、本題に入ります。処遇改善加算は、介護報酬の中で返還事例が最も多い加算の一つです。なぜか。加算の構造に、返還が生じやすい仕組みが組み込まれているからです。その構造を理解しないまま新区分に移行すると、加算率が上がった分だけ、返還額も大きくなります。

この記事の内容

1. 臨時改定の枠組み

  • 施行日——処遇改善加算の拡充は2026年6月1日、食費の基準費用額の見直しは2026年8月1日
  • 改定率——プラス2.03%(処遇改善分1.95%、基準費用額分0.09%)
  • 基本報酬——変更なし。処遇改善加算に特化した改定
  • 新区分——従来の加算Ⅰ〜Ⅳに対し、加算ⅠとⅡがそれぞれ二つに分かれ、Ⅰイ・Ⅰロ・Ⅱイ・Ⅱロ・Ⅲ・Ⅳの体系に移行
  • 対象拡大——訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援、介護予防支援が新たに対象。居宅療養管理指導、福祉用具貸与、特定福祉用具販売は対象外
  • 対象職員——「介護職員」から幅広い「介護従事者」へ拡大

なぜ6月施行なのか。令和7年度補正予算で実施された介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業の補助金の支援期間が2026年5月までであり、その直後から加算として切れ目なく移行するための時期設定です。

二段階施行の注意

2026年4月・5月は従来の4区分が継続し、6月から新体系に移行しました。請求処理上、4月・5月分と6月以降分で区分が異なります。この切り替えのタイミングでの請求誤りは、後の運営指導で確認される可能性があります。

2. 処遇改善加算の構造——なぜ返還が生じやすいか

処遇改善加算の本質は、「受領した加算額を、職員の賃金改善に充てる」ことを条件に支払われる加算です。ここに、他の加算と決定的に異なる性質があります。

通常の加算は、算定要件(人員配置、サービス内容、体制)を満たしていれば算定でき、受領した後の使途は問われません。処遇改善加算は、受領後の使途——賃金改善に充てたか——が要件そのものです。つまり、算定時点で要件を満たしていても、年度末の実績報告で賃金改善額が加算受領額に届いていなければ、遡って要件を欠くことになります。

この構造が、返還事例の多発を生んでいます。典型的な処分事例を見ると、次の類型が繰り返し現れます。

  • 受領した加算の総額を超える賃金改善を実施していなかった
  • 対象外の職員に加算を充てていた
  • 計画書に記載した賃金改善の方法と、実際の支給方法が異なっていた
  • 賃金改善を実施した証拠(給与明細、賃金台帳)と実績報告の数字が一致しなかった

実際の行政処分の公表事例では、処遇改善加算の不正請求を理由に指定取消となり、返還金額に40%の加算金が上乗せされたものが複数あります。

3. 「賃金改善」の定義——ここでつまずく

賃金改善とは、加算を受けていなければ支払われなかったであろう賃金の増加分です。基本給、手当、賞与のいずれでも構いませんが、問題は「加算がなくても支払っていた分」との区別です。

たとえば、加算導入前から支払っていた手当を、加算導入後に「処遇改善手当」と名称変更しただけでは、賃金改善とは認められません。もともと支払っていた賃金の総額(賃金改善実施前の水準)を基準に、それを上回った額だけが賃金改善です。

この「基準となる賃金水準」の設定と、それに対する増加額の計算が、実績報告の根幹です。ここが曖昧だと、報告の数字は根拠を失います。

4. 新区分への移行で何が変わるか

加算率が上がるということは、受領額が増えるということです。受領額が増えれば、賃金改善として支払わなければならない額も増えます。新区分に移行して受領額が増えたのに、賃金改善の仕組みが従来のままであれば、年度末に賃金改善額が不足する事態が起こりえます。

また、対象職員が「介護従事者」に拡大されたことで、どの職員にいくら配分するかの設計が複雑になります。配分の根拠を賃金規程上に持たせておかないと、実績報告時に「なぜこの職員にこの額か」を説明できません。

5. 賃金規程・給与明細との整合——運営指導で見られるもの

処遇改善加算に関して運営指導・監査で確認されるのは、次の一連の書類の整合です。

  1. 計画書——年度当初に提出した賃金改善の計画
  2. 賃金規程・給与規程——賃金改善の方法が規程上に位置づけられているか
  3. 賃金台帳・給与明細——実際にいくら支払ったか
  4. 実績報告——年度末に報告した賃金改善の実績
  5. 加算の受領額——国保連からの支払通知

この五つが一本の線で繋がっている必要があります。計画書に書いた方法が規程にあり、規程どおりに支払った額が台帳にあり、台帳の合計が実績報告の数字と一致し、その数字が加算受領額を上回っている。どこか一箇所でも切れていれば、指摘の対象になります。

整合チェックリスト

  • 計画書に記載した賃金改善の方法(手当の新設、基本給の増額、賞与など)が、賃金規程・給与規程に反映されているか
  • 賃金規程上、処遇改善に係る手当の対象者・支給基準が明記されているか
  • 賃金台帳で、賃金改善分を他の賃金と区別して把握できるか
  • 実績報告の賃金改善額が、賃金台帳の該当額の合計と一致するか
  • 賃金改善額が、当該年度の加算受領総額を上回っているか
  • 対象職員の範囲が、告示・通知上の対象と一致しているか(対象外の職員に充てていないか)
  • 新区分移行に伴い受領額が増えた分について、賃金改善の追加設計をしたか
  • 2026年4月・5月と6月以降で区分を正しく切り替えて請求したか

6. 2027年度改定に向けた動き

2027年度(令和9年度)の定期改定に向けた議論が、社会保障審議会介護給付費分科会で2026年4月から始まっています。分野横断的なテーマとして、人口減少・サービス需要の変化に応じた提供体制、地域包括ケアシステムの深化、処遇改善と生産性向上、制度の持続可能性を確保する報酬の在り方が掲げられています。

2026年12月頃に報酬・基準の基本的な方向性がとりまとめられる見通しです。処遇改善については、今回の臨時改定で拡充された加算をどう定期改定に組み込むかが論点になります。臨時改定への対応を整えておくことは、2027年度改定への準備でもあります。

よくある質問

Q. 処遇改善加算の実績報告で、賃金改善額が加算受領額に少し足りませんでした。

A. 不足分は返還の対象になります。不足が分かった時点で、速やかに指定権者に相談し、返還の方法を協議することが、後に不正と評価されないための最善の対応です。

Q. もともと支払っていた手当の名称を「処遇改善手当」に変えただけでは駄目ですか。

A. 賃金改善とは認められません。加算がなくても支払っていた賃金は、賃金改善の基準となる水準に含まれます。基準水準を上回る増加分だけが賃金改善です。

Q. 新区分に移行して受領額が増えました。賃金改善はどう調整すべきですか。

A. 受領額の増加分を賃金改善として追加で支払う設計が必要です。賃金規程の改定を伴うことが多いため、早めに着手してください。

Q. 対象職員が「介護従事者」に広がったので、事務職員にも配分しました。問題ありますか。

A. 対象職員の範囲は告示・通知で定められています。事務職員が対象に含まれるかは、当該職員の業務内容と通知上の定義に照らして確認が必要です。範囲外への配分は返還事由になります。

Q. 4月・5月分を新区分で請求してしまいました。

A. 過誤調整が必要です。気づいた時点で国保連・指定権者に相談してください。放置すると、運営指導で発見された際に不正と評価されるリスクが生じます。

参考資料(一次資料)

  • 介護保険最新情報Vol.1476〜1481(令和8年度臨時介護報酬改定関係、厚生労働省老健局)
  • 社会保障審議会介護給付費分科会(第253回、2026年1月16日)資料
  • 介護職員等処遇改善加算等に関する基本的考え方並びに事務処理手順及び様式例の提示について(厚生労働省老健局長通知、最新版)
  • 社会保障審議会介護給付費分科会 2027年度介護報酬改定に向けた検討の進め方(2026年4月)
  • 介護保険法第22条第3項(返還・加算金)

ご相談について

処遇改善加算の計画書・実績報告と賃金規程の整合、新区分移行に伴う賃金設計、実績報告で不足が判明した場合の対応について、労務と報酬請求の両面から整理します。年度末の実績報告で慌てないために、期中の点検をお勧めします。

運営指導・監査・労務でお困りではありませんか

通知が届いた、指摘を受けた、返還を求められている、職員との間で問題が起きている。介護・障害福祉の現場で起きる問題は、制度と実務の両方を知らなければ対応できません。

札幌手稲ポプラの丘法律事務所は、弁護士として約17年の実務経験をもとに、札幌市・石狩市・小樽市の介護・障害福祉事業者の法務をお受けしています。就業規則の整備、運営指導への同席、返還請求への対応、処分に対する弁明まで。

準備が終わってから相談するのでは、間に合わないことが多いです。

お電話でのご相談
TEL 011-558-1763(平日9時〜18時)
札幌市手稲区手稲本町2条4丁目8-1 杉本ビル201 JR手稲駅南口から徒歩2分

トップへ戻る