家賃滞納者を退去させる正規の手順は、督促、催告と契約解除、明渡請求訴訟、強制執行の四段階です。どの段階でも、賃借人の同意なく鍵を換える、荷物を運び出す、部屋に入るといった手段は使えません。これは管理会社が自ら行っても、保証会社に委ねても同じです。
2022年12月12日、最高裁判所は、家賃債務保証業者の契約書にあった、無催告で賃貸借契約を解除できる条項と、一定の要件で「明渡しがあったものとみなす」条項を、消費者契約法10条により無効と判断しました。滞納対応の実務は、この判決の後の世界で組み立てる必要があります。
この記事では、四段階それぞれで管理会社が何をすべきか、契約解除が認められる「信頼関係破壊」の考え方、そして保証会社とどう役割分担するかを整理します。
この記事の内容
- 1. 督促の段階——できることと、できないこと
- 2. 催告と契約解除——民法541条と信頼関係破壊の法理
- 3. 最高裁令和4年12月12日判決——保証会社の「追い出し条項」
- 4. 明渡請求訴訟——訴え提起から判決まで
- 5. 強制執行——民事執行法168条と168条の2
- 6. 保証会社・オーナーとの役割分担
- 7. 滞納対応チェックリスト
- よくある質問
1. 督促の段階——できることと、できないこと
滞納が始まった直後の督促は、管理会社の日常業務です。電話、文書、訪問による支払いの請求は、時間帯と頻度が社会通念の範囲内であれば問題ありません。ここで大切なのは、記録です。いつ、誰が、どの方法で、何を伝え、賃借人が何と答えたか。この記録が、後の解除の正当性を支える証拠になります。
一方で、次の行為は督促の名を借りた自力救済であり、違法と評価されます。鍵の交換、ドアへの施錠具の追加、電気・ガス・水道の停止、荷物の搬出や処分、玄関への「滞納者」と分かる張り紙、勤務先への執拗な連絡、深夜早朝の訪問。これらは不法行為(民法709条)として損害賠償の対象になり、態様によっては住居侵入や器物損壊などの刑事責任も問われます。自力救済の問題は別の記事で詳しく扱いますが、督促の現場にいる担当者が最初に理解すべき線引きです。
2. 催告と契約解除——民法541条と信頼関係破壊の法理
賃料の不払いは債務不履行です。民法541条は、相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときに契約を解除できると定めています。ただし書は、期間経過時の不履行が「契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとき」は解除できないとしています。
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
民法第541条
賃貸借では、この条文に判例上の「信頼関係破壊の法理」が重なります。賃貸借は継続的な契約であり、一回の遅れや少額の不足で解除を認めると賃借人の生活基盤を奪うため、賃貸人と賃借人の信頼関係が破壊されたと認められる程度の不履行がなければ解除は認められない、という考え方です。実務では、おおむね3か月分程度の滞納が一つの目安と言われますが、これは判例が示した数字ではなく、滞納の期間・金額、督促への応答、過去の滞納履歴、賃借人の事情を総合して個別に判断されます。目安だけを頼りに解除通知を出し、訴訟で解除無効と判断される例は珍しくありません。
解除通知の実務
催告と解除は、証拠が残る方法で行います。配達証明付きの内容証明郵便で、滞納額、支払期限(相当期間として1〜2週間程度を置く)、期限内に支払いがなければ契約を解除する旨を記載するのが標準的です。「期限内に支払いがないときは、あらためて解除の通知をすることなく、期限の経過をもって契約を解除する」という停止条件付きの解除通知は、実務上広く用いられています。通知の宛先が不明なときや受取拒否のときは、公示送達などの手当てが必要になることがあり、この段階で弁護士に相談する管理会社が多いです。
無催告解除特約の限界
契約書に「1か月でも滞納したら無催告で解除できる」という特約があっても、そのまま機能するわけではありません。判例上、無催告解除特約は、催告をしなくても不合理とは認められない事情がある場合に限って効力を認められると解されています。滞納が短期間であれば、特約があっても催告を経るのが安全です。
3. 最高裁令和4年12月12日判決——保証会社の「追い出し条項」
家賃債務保証業者が賃借人と結ぶ保証委託契約の書式には、賃料等の不払いがあるときに保証業者が無催告で賃貸借契約を解除できる条項と、賃料等の支払いを2か月以上怠り、連絡が取れず、電気・ガス・水道の利用状況等から相当期間利用していないと認められ、再び占有使用しない意思が客観的に看取できるときに、賃借人が明渡したものとみなすことができる条項が置かれていました。適格消費者団体が、この条項を含む契約の締結の差止めを求めた事件です。
最高裁判所第一小法廷は2022年12月12日、いずれの条項も消費者契約法10条により無効と判断しました。裁判所ウェブサイトの判示事項は、賃料等の不払があるときに連帯保証人が無催告で賃貸借契約を解除できる旨の条項、および賃料等の不払等の事情があるときに連帯保証人が賃貸住宅の明渡しがあったものとみなすことができる旨の条項が、それぞれ消費者契約法10条に規定する消費者契約の条項に該当する、と整理しています。
管理会社にとっての意味は三つです。第一に、保証会社が付いていても、明渡しの法的手順を省略できる根拠はなくなりました。第二に、自社の契約書や保証会社の書式に同種の条項が残っていれば、条項自体が無効であり、それに基づく行為は自力救済として違法評価を受けます。第三に、保証会社の役割は、滞納賃料の代位弁済と、賃貸人が解除・訴訟を行う際の費用面の支えに整理されます。「追い出しは保証会社がやってくれる」という期待は、判決後は成り立ちません。
4. 明渡請求訴訟——訴え提起から判決まで
解除が有効に成立しても、賃借人が退去しなければ、建物明渡請求訴訟を提起します。あわせて未払賃料と、解除後の明渡しまでの賃料相当損害金を請求するのが通常です。訴訟の前後で、賃借人が第三者に占有を移すおそれがある場合には、占有移転禁止の仮処分を申し立てることも検討します。
争点になりやすいのは、解除の有効性(信頼関係破壊の有無)と、通知の到達です。督促の記録、催告書と配達証明、滞納の推移表が中心的な証拠になります。賃借人が期日に出頭せず答弁書も出さない場合は比較的早期に判決が出ますが、争われれば期日が重なり、判決までの期間は伸びます。この間も賃料相当損害金は積み上がるため、途中で和解により明渡日を確定させることが、賃貸人側にとって合理的な場合が多いです。和解では、明渡日、未払金の分割、明渡し時の残置物の処分について合意しておきます。
5. 強制執行——民事執行法168条と168条の2
判決や和解調書を得ても、賃借人が任意に退去しなければ、裁判所の執行官による強制執行になります。民事執行法168条1項は、不動産の明渡しの強制執行は「執行官が債務者の不動産等に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行う」と定めています。賃貸人が自分で行うのではなく、執行官が行う。ここが法の設計です。
実際の流れは、まず執行官が明渡しの催告を行い(民事執行法168条の2)、引渡し期限を定めて公示します。引渡し期限は原則として催告の日から1か月を経過する日ですが、この期限と断行日は同じではありません。執行官は通常、引渡し期限までの間に断行実施予定日を定め、その日までに任意の明渡しがなければ、予定日に断行を実施し、室内の動産を取り除いて債務者等に引き渡し、引き渡せないものは保管または売却します。催告の後に占有者が入れ替わっても、催告後の占有者に対して執行できる仕組みが用意されています。
費用は、執行官への予納金のほか、搬出・保管を行う執行補助者の費用、鍵の解錠費用などがかかり、間取りと残置物の量で大きく変わります。金額は個別の見積りによるため、この記事では幅を示すことも控えます。判決後に賃借人から回収できる見込みがあるかどうかも含めて、訴訟提起の前に費用対効果を検討してください。
6. 保証会社・オーナーとの役割分担
滞納対応に関わるのは、管理会社、オーナー、保証会社の三者です。追い出し条項無効判決の後の実務では、次の分担が現実的です。
- 管理会社——督促と記録、滞納状況のオーナー報告、催告・解除通知の起案補助、退去後の残置物と原状回復の手配
- オーナー(賃貸人)——解除の意思決定、訴訟の当事者(弁護士への委任)、和解条件の判断
- 保証会社——滞納賃料の代位弁済、契約に定めがあれば訴訟費用等の負担、求償権に基づく賃借人への請求
管理会社が賃貸人の代理人として交渉すること自体は可能ですが、報酬を得て他人の法律事件の交渉や訴訟を行うことは弁護士でなければできません。管理会社が滞納者との和解交渉を独自に進める場面では、この境界に注意が必要です。
7. 滞納対応チェックリスト
- 督促の日時・方法・内容・相手の応答を記録する様式がある
- 滞納の推移表(請求額・入金額・残高)を月ごとに作成している
- 鍵交換・搬出・ライフライン停止・張り紙を行わないことを社内ルールで明文化した
- 保証会社の書式に無催告解除条項・明渡しみなし条項が残っていないか確認した
- 催告・解除通知は配達証明付き内容証明郵便で行い、控えを保管している
- 信頼関係破壊の判断材料(期間・金額・応答・履歴)を整理してから解除通知を出している
- 訴訟提起の前に、明渡し後の回収見込みと執行費用を検討している
- 和解の際に明渡日・分割払い・残置物の処分を書面化している
よくある質問
Q. 3か月滞納すれば必ず解除できますか。
A. 必ずではありません。3か月は実務上の目安にすぎず、判例が示した基準ではありません。滞納の期間・金額、督促への応答、過去の履歴などを総合して、信頼関係が破壊されたと評価できるかが判断されます。
Q. 契約書に無催告解除の特約があります。催告なしで解除してよいですか。
A. 特約があっても、催告をしなくても不合理とは認められない事情がある場合に限って効力が認められると解されています。短期の滞納で催告を省くのは危険です。催告を経た方が、後の訴訟で解除の有効性を争われにくくなります。
Q. 保証会社が「退去させます」と言っています。任せてよいですか。
A. 保証会社が賃借人の同意なく鍵交換や搬出を行えば、それは自力救済であり、賃貸人・管理会社も共同不法行為の責任を問われる可能性があります。最高裁令和4年12月12日判決の後、保証会社の役割は代位弁済と費用面の支えに整理されています。明渡しは正規の手続で行ってください。
Q. 連絡が取れず、部屋に長期間いない様子です。荷物を処分してよいですか。
A. できません。契約が解除されていても、占有を解くのは執行官の権限です。賃借人が明渡したと評価できるのは、鍵の返還や明確な放棄の意思表示がある場合に限られ、判断に迷う場合は弁護士に相談してください。
Q. 訴訟を起こすと時間と費用がかかります。ほかに方法はありますか。
A. 賃借人と接触できる場合は、明渡日と未払金の支払方法を合意する方法があります。ただし、金銭債務と明渡しの執行は分けて考える必要があります。未払賃料等の金銭債務については強制執行認諾文言付き公正証書の作成を検討できますが、公正証書だけでは建物明渡しの強制執行はできません(民事執行法22条5号の執行証書は金銭債権等に限られます)。明渡しについても執行力を確保するには、簡易裁判所の即決和解(訴え提起前の和解)等により、明渡義務を定めた和解調書などの債務名義を取得する必要があります。
参考資料(一次資料)
- 民法(明治29年法律第89号)第541条・第542条・第709条 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 民事執行法(昭和54年法律第4号)第168条・第168条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/354AC0000000004
- 消費者契約法(平成12年法律第61号)第10条 https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0000000061
- 最高裁判所第一小法廷判決令和4年12月12日(消費者契約法12条に基づく差止等請求事件、民集第76巻7号1696頁、原審・大阪高等裁判所令和3年3月5日判決) 裁判所ウェブサイト裁判例情報 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91599
- 刑法(明治40年法律第45号)第130条・第235条・第261条 https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
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