居住用賃貸借の更新料条項と敷引特約は、それ自体が違法なわけではありません。最高裁判所は2011年に、更新料条項について「契約書に一義的かつ具体的に記載され、更新料の額が賃料の額、更新期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り」消費者契約法10条で無効にはならないと判断し、敷引特約についても、通常損耗の補修費用や賃料の額等に照らして「高額に過ぎる」と評価される場合に限って無効になり得るとしました。
つまり、有効か無効かを分けるのは、金額の相当性と、契約書の書き方です。金額に法定の上限はありませんが、最高裁が有効とした事案の数字(更新料は賃料2か月分・1年更新、敷引は賃料の2倍から3.5倍程度)が、実務上の目安になっています。
この記事では、二つの最高裁判決の基準、消費者契約法10条の適用構造、そして契約書と重要事項説明でどう書き、どう説明し、どう記録すべきかを整理します。札幌の賃貸慣行における相場には触れません。書き方に集中します。
この記事の内容
- 1. 消費者契約法10条——賃貸借の特約が無効になる構造
- 2. 更新料——最高裁平成23年7月15日判決
- 3. 敷引——最高裁平成23年3月24日判決
- 4. 礼金
- 5. 契約書と重要事項説明の書き方
- よくある質問
1. 消費者契約法10条——賃貸借の特約が無効になる構造
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
消費者契約法第10条
居住用賃貸借で貸主が事業者、借主が個人であれば、賃貸借契約は消費者契約です。10条は二段階の要件で条項を無効にします。第一に、任意規定(民法等の規定と、明文のない一般的な法理を含む)の適用による場合に比べて消費者の権利を制限し、または義務を加重すること。第二に、信義則に反して消費者の利益を一方的に害すること。更新料も敷引も、民法上は賃借人に義務のないものを特約で負わせるので、第一要件は満たします。争いは第二要件、つまり「一方的に害する」かどうかに集中します。
2. 更新料——最高裁平成23年7月15日判決
京都市内の共同住宅で、賃料月額3万8,000円、1年更新、更新料は賃料の2か月分という契約の更新料条項が争われた事件です。原審の大阪高等裁判所は更新料条項を消費者契約法10条により無効としましたが、最高裁判所第二小法廷は原判決を破棄しました。
更新料は、賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり、その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると、更新料は、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。
最高裁判所第二小法廷判決平成23年7月15日(判決文4頁)
判決は、更新料の支払いにおよそ経済的合理性がないとはいえないこと、一定の地域で更新料の支払例が少なからず存在することは公知であること、裁判上の和解手続等でも更新料条項を当然に無効とする取扱いがされてこなかったことを挙げ、次の基準を示しました。
賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。
最高裁判所第二小法廷判決平成23年7月15日(判決文6頁)
この事案では、更新料が賃料2か月分、更新期間1年であることから、特段の事情があるとはいえず、更新料条項は有効とされました。また、借地借家法30条(同法第3章第1節の規定に反する特約で賃借人に不利なものは無効)にも反しないとされています。
実務への読み替え
判決が有効の前提として置いた「一義的かつ具体的に記載」は、契約書の書き方の要件です。更新料の額(賃料の何か月分か、または金額)、支払時期、法定更新の場合も支払うのかどうかを、契約書の条項自体に明記します。この事案の契約書は、法定更新であるか合意更新であるかにかかわりなく1年経過ごとに賃料2か月分を支払う、入居期間にかかわりなく更新料の返還・精算には応じない、と書いていました。「更新料については別途協議」「更新時に相当額を支払う」といった書き方は、一義的ではありません。
「高額に過ぎる」の判断要素は、更新料の額、賃料の額、更新期間です。有効とされた事案は賃料2か月分・1年更新でした。更新期間が2年で賃料1か月分という契約は、この事案より賃借人の負担が軽いので、同じ基準で有効と評価されやすいと考えられます。逆に、1年更新で賃料3か月分以上といった設定は、特段の事情の有無を争われる余地が大きくなります。判決は数値の上限を示していませんので、有効とされた事案との距離で判断することになります。
3. 敷引——最高裁平成23年3月24日判決
敷引特約は、契約時に預かった敷金(保証金)のうち一定額を、退去時に返還しないとする特約です。関西を中心に広く用いられ、通常損耗の補修費用を賃借人に負担させる機能を持ちます。最高裁判所第一小法廷は2011年3月24日、居住用建物の賃貸借における敷引特約について、次の判断を示しました。
裁判所ウェブサイトの判示事項によれば、敷引特約は、それ自体が信義則に反するものではないが、敷引金の額が、賃借人が負担することになる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等の他の一時金の授受の有無およびその額等に照らし高額に過ぎると評価されるときは、賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、消費者契約法10条により無効となる、というものです。同事件では、敷引金が賃料月額の2倍から3.5倍程度にとどまり、礼金等の他の一時金が授受されていなかったことから、高額に過ぎるとはいえず、有効とされました(民集65巻2号903頁)。
実務への読み替え
敷引で問われるのは、額の相当性と、他の一時金との重複です。判断要素は、①通常損耗等の補修費用として通常想定される額、②賃料の額、③礼金等の他の一時金の有無と額です。礼金を取り、かつ敷引も高額に設定すれば、賃借人の一時金負担が合計で膨らみ、「高額に過ぎる」と評価される方向に働きます。有効とされた事案は賃料の2倍から3.5倍程度で礼金なしでした。この数字は上限ではありませんが、これを大きく超える敷引を、礼金と併用して設定する場合は、賃料を相場より大幅に低くしているなどの特段の事情を説明できるかを検討してください。
敷引特約は、原状回復の通常損耗補修特約とも関係します。最高裁平成17年12月16日判決は、通常損耗の補修を賃借人に負わせる特約には明確な合意が必要だと判断しています。敷引金がどの損耗・費用を対象とするかは、特約の内容によります。通常損耗の補修費用を敷引金で賄う設計であれば、敷引特約を置いた上でさらに通常損耗分の原状回復費用を請求することは、同じ費用の重複請求として争われます。一方、賃借人の故意・過失による損傷の補修費用を敷引とは別に賃借人負担とする合意も可能で、その場合に追加請求できる範囲は、その合意の内容と有効性に応じて判断されます。最判平成23年3月24日の事案でも、敷引と、未納賃料・損害金等の控除は区別されています。敷引を採用する契約では、敷引金が何を賄うのか、故意・過失による損傷を別途負担とするのかを、契約書に明記しておくのが一貫した書き方です。
4. 礼金
礼金は契約締結時に賃借人が支払い返還されない一時金で、最高裁判所が正面から有効性を判断した判決はありません。更新料判決が示した「賃料の補充ないし前払、契約継続の対価等の複合的性質」という整理は、礼金にも類推できると考えられ、額が賃料等に照らして高額に過ぎない限り、直ちに無効とはされにくいと考えられます。ただし、敷引判決が「礼金等の他の一時金の授受の有無及びその額」を敷引の判断要素に挙げているとおり、礼金・敷引・更新料を重ねて設定すれば、個々の額が穏当でも、全体として賃借人の負担が過大と評価される余地があります。一時金の設計は、個別ではなく合計で見てください。
5. 契約書と重要事項説明の書き方
- 更新料は、額(賃料○か月分または金額)、支払時期、法定更新の場合の扱いを契約書の条項自体に一義的に記載した
- 更新料の額は、有効とされた事案(賃料2か月分・1年更新)との距離を意識して設定し、根拠を説明できる
- 敷引は、敷引額(または割合)と返還しない旨を契約書に明記し、通常損耗の補修費用を敷引で賄う趣旨であることを整理した
- 敷引を採用する契約では、敷引金が賄う費用の範囲(通常損耗の補修費用等)と、故意・過失による損傷を別途負担とするか否かを契約書に明記し、同じ費用の重複請求にならない
- 礼金・敷引・更新料を併用する場合、一時金の合計が賃料に照らして過大にならないか確認した
- 重要事項説明で「代金、交換差金及び借賃以外に授受される金銭の額及び当該金銭の授受の目的」(宅建業法35条1項7号)として、更新料・敷引・礼金の額と目的を説明し、記録を残した
- 敷金精算に関する事項(施行規則16条の4の3第11号)として、敷引の内容を説明した
宅建業者が媒介する賃貸借では、これらの一時金は重要事項説明の法定事項です。契約書に一義的に書き、重要事項説明で説明し、説明の記録を残す。この三つが揃えば、最高裁が有効性の前提とした「明確な合意」の立証は容易になります。逆に、契約書に書いてあっても説明の記録がない場合、賃借人から「説明を受けていない」と主張されたときの反証が弱くなります。
よくある質問
Q. 更新料は賃料の何か月分までなら有効ですか。
A. 最高裁は上限を示していません。有効とされた事案は賃料2か月分・1年更新で、これが実務上の目安です。更新期間が長く額が少ないほど有効と評価されやすく、1年更新で3か月分以上といった設定は特段の事情の有無を争われる余地が大きくなります。
Q. 法定更新のときも更新料を請求できますか。
A. 契約書に「法定更新の場合も支払う」旨が一義的に記載されていれば請求できると考えられます。最高裁で有効とされた事案の契約書はそのように書かれていました。記載がなければ、合意更新の対価にとどまると解される余地があります。
Q. 敷引と原状回復費用の両方を請求できますか。
A. 敷引金がどの費用を対象とするかは特約の内容によります。通常損耗の補修費用を敷引金で賄う設計なら、その上にさらに通常損耗分の原状回復費用を請求することは重複請求として争われます。賃借人の故意・過失による損傷を別途負担とする合意があれば、追加請求できる範囲はその合意の内容と有効性に応じて判断されます。契約書に敷引金の対象と別途負担の有無を明記してください。
Q. 契約書に書いてあれば、説明していなくても有効ですか。
A. 条項自体の有効性は契約書の記載で判断されますが、賃借人が「説明を受けていない、合意していない」と主張した場合、説明の記録がないと反証が弱くなります。宅建業者が媒介する場合は重要事項説明の法定事項でもあります。
Q. 札幌では更新料の慣行がない物件も多いですが、新たに設定できますか。
A. 設定自体は可能です。ただし、更新料の性質は地域の慣行と契約の経緯を含めて判断されるため、契約書に額と趣旨を一義的に記載し、重要事項説明で説明して記録を残すことが、他地域以上に重要になります。
参考資料(一次資料)
- 最高裁判所第二小法廷判決平成23年7月15日(更新料条項、京都市の共同住宅、賃料2か月分・1年更新) 判決全文 https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-81506.pdf
- 最高裁判所第一小法廷判決平成23年3月24日(敷引特約、民集第65巻2号903頁) 裁判所ウェブサイト裁判例情報 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81180
- 最高裁判所第二小法廷判決平成17年12月16日(通常損耗補修特約) 裁判所ウェブサイト裁判例情報 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62594
- 消費者契約法(平成12年法律第61号)第10条 https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0000000061
- 借地借家法(平成3年法律第90号)第30条 https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
- 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)第35条、同法施行規則第16条の4の3 https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC1000000176
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