賃料を上げたい、下げてほしいと言われた——借地借家法32条の増減請求、調停前置、そして管理会社が「代理人」になってはいけない理由

不動産事業者向け

建物の賃料は、契約期間中でも、当事者の一方が「将来に向かって」増額または減額を請求できます。租税や負担の増減、土地・建物価格の変動、近傍同種の建物の賃料との比較で、現在の賃料が「不相当」になったことが要件です(借地借家法32条1項)。合意がなければ、訴訟の前にまず調停を申し立てなければなりません(民事調停法24条の2)。

増額請求を受けた借主は、裁判が確定するまで「相当と認める額」を支払えばよく、減額請求を受けた貸主は「相当と認める額」の支払いを請求できます。ただし、確定した額との差額には年1割の利息が付きます。この暫定賃料と利息のルールを知らずに、増額通知の直後から新賃料の支払いを強要したり、支払いがないことを理由に解除を通知したりすると、貸主側が違法の側に立ちます。

もう一つ、管理会社が見落としがちな線があります。オーナーに頼まれて、管理会社が借主との賃料交渉を「代理人」として引き受け、報酬を得る。これは弁護士法72条が禁じる非弁行為であり、刑事罰の対象です。賃料の増減は当事者間に争いのある法律事件であって、管理業務の延長ではありません。

この記事では、条文の要件、請求の方法、暫定賃料の扱い、調停と訴訟の流れ、管理会社が関与できる範囲と越えてはいけない線、そして定期借家契約における特約の扱いを整理します。

この記事の内容

1. 借地借家法32条——三つの事情と「不相当」

建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。

借地借家法第32条第1項

条文が挙げる事情は、①租税その他の負担の増減、②土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動、③近傍同種の建物の賃料との比較です。これらの結果として現在の賃料が「不相当」になったことが要件であり、事情の一つがあれば自動的に増減できるわけではありません。固定資産税が上がった、光熱費が上がった、という事実だけでは足りず、その結果として賃料が不相当になったことを示す必要があります。

「契約の条件にかかわらず」請求できるので、契約書に「賃料は2年ごとに協議して改定する」と書いてあっても、協議を待たずに請求できます。一方、ただし書により、「一定の期間増額しない」という不増額特約がある場合は、その期間は増額請求できません。減額しない特約については条文に規定がなく、借主保護の趣旨から、不減額特約があっても減額請求は妨げられないと解されています。

2. 請求の方法——「将来に向かって」、到達した日から

増減請求は、相手方に対する意思表示によって効力を生じます。請求が相手方に到達した時から、将来に向かって賃料が相当額に変わるという構造で、過去に遡って差額を請求することはできません。したがって、請求の日付と到達を証明できる方法で行うことが実務の基本です。配達証明付き内容証明郵便で、増額(減額)を求める額、その根拠となる事情、いつから適用を求めるかを記載します。

根拠の示し方として、貸主側の増額請求では、固定資産税・都市計画税の課税明細の推移、近傍同種の建物の募集賃料・成約賃料の資料、必要に応じて不動産鑑定士の意見が用いられます。借主側の減額請求では、周辺の募集賃料の下落、建物の老朽化、設備の陳腐化などが根拠になります。いずれも、請求時点で完全な鑑定評価書が必要なわけではありませんが、調停・訴訟に進んだ場合には、継続賃料の鑑定評価が判断の中心になります。

3. 暫定賃料と年1割の利息——32条2項・3項

建物の借賃の増額について当事者間に協議が調わないときは、その請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額の建物の借賃を支払うことをもって足りる。ただし、その裁判が確定した場合において、既に支払った額に不足があるときは、その不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払わなければならない。

借地借家法第32条第2項

増額請求を受けた借主は、協議が調わない間、自分が相当と認める額(通常は従前の賃料)を支払っていれば債務不履行になりません。貸主が「新賃料を払わないなら解除する」と通知しても、従前賃料を払い続けている借主に対する解除は認められません。ここを誤解した貸主が解除通知と明渡請求を行い、逆に借主から損害賠償を請求される事例があります。

ただし、借主が支払っていた額が確定した額に足りない場合、不足額に年1割の利息が付きます。借主側からすると、増額請求に一定の根拠がある場合は、従前賃料に固執せず、ある程度の額を暫定的に支払っておく方が、確定後の利息負担を抑えられます。

減額請求の場合は逆で、貸主は減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額(通常は従前の賃料)を請求できます。確定した額を超えて受領していた分には、受領の時から年1割の利息を付けて返還しなければなりません(32条3項)。

4. 調停前置——民事調停法24条の2

借地借家法(平成三年法律第九十号)第十一条の地代若しくは土地の借賃の額の増減の請求又は同法第三十二条の建物の借賃の額の増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならない。

民事調停法第24条の2第1項

賃料増減の争いは、いきなり訴訟を起こすことができません。まず簡易裁判所に調停を申し立て、調停が不成立になってから訴訟に進みます。調停を経ずに訴えを提起した場合、裁判所は原則として事件を調停に付します(同条2項)。調停では、調停委員(不動産鑑定士等が加わることが多い)が双方の資料を見て相当賃料の目安を示し、合意を促します。訴訟に進めば、鑑定に基づいて裁判所が相当賃料を定めます。

オーナーの実務では、調停前置を前提に、次の順序で進めます。①増減請求の通知(内容証明)、②相手方との協議(資料の提示、複数回)、③協議不成立なら調停申立て、④調停不成立なら訴訟。②の協議で決着する事案が大半であり、協議の段階で「調停に進んだ場合の見通し」を示せるかどうかが、交渉力を決めます。ただし、この②以降を管理会社が「代理」で担うことには、次に述べる法律上の壁があります。

5. 管理会社・不動産業者が交渉の「代理人」になってはいけない——弁護士法72条

弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

弁護士法第72条

賃料の増額・減額をめぐって貸主と借主の主張が対立している状態は、条文にいう「一般の法律事件」です。その事件について、管理会社や不動産業者が、オーナーから報酬(管理料、成功報酬、交渉手数料など名目を問いません)を得る目的で、借主との交渉を「オーナーの代理人」として行い、あるいは合意(和解)をまとめることは、72条が禁じる法律事務の取扱いに当たります。違反には2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が定められています(同法77条3号)。宅地建物取引業の免許や賃貸住宅管理業の登録があっても、この禁止は解除されません。

管理会社の日常業務との境目を、はっきりさせておきます。争いのない事務、たとえば、オーナーの決めた新賃料を借主に通知する、更新時に賃料改定の案内文を送る、借主から届いた減額の申出をオーナーに取り次ぐ、資料を届ける。これらは「使者」としての事務であり、法律事件の代理ではありません。一方、借主が増額を拒み、あるいは減額を主張して対立が生じた後に、管理会社が「当社が窓口として交渉します」「この額で折り合いませんか」と条件を提案し、譲歩を引き出し、合意書を取り交わすところまで担えば、それは代理・和解の法律事務です。管理受託契約に「賃料交渉を含む」と書いてあっても、報酬を得る業として行えば72条違反であり、契約条項が免罪符にはなりません。

この線を越えたとき、管理会社が負うのは刑事責任だけではありません。非弁行為として行った交渉の結果は、後日借主から無効を主張される余地があり、オーナーとの間でも、報酬の返還や損害賠償の問題になります。「オーナーとの付き合いで断れなかった」「これまで慣行でやってきた」という事情は、72条の適用を左右しません。

管理会社がオーナーのために果たせる正しい役割は、次のとおりです。①増減請求の必要性に気づいたらオーナーに報告し、資料(課税明細の推移、周辺賃料、建物の状況)を整えて渡す。②オーナー本人が請求通知を出す、またはオーナーが弁護士に委任する。③対立が生じたら、弁護士を紹介し、以後の交渉窓口を弁護士に移す。④弁護士から求められた資料の提供、現地の案内、借主への事務連絡を行う。管理会社が「交渉の当事者」に立たず「情報と事務の提供者」に留まることが、オーナーと自社の双方を守ります。

6. 定期借家契約と賃料改定特約——32条が適用されない場合

借地借家法38条9項は、定期建物賃貸借において「借賃の改定に係る特約がある場合」には32条を適用しないと定めています。定期借家契約で「賃料は契約期間中改定しない」「毎年○%増額する」「消費者物価指数に連動して改定する」といった特約を置けば、その特約が32条に優先し、法定の増減請求権は排除されます。

普通借家契約では、契約書にどのような改定条項を書いても32条の請求権は排除できません(不増額特約による増額の制限だけが認められます)。事業用テナントで賃料の予見性を確保したいオーナーが定期借家契約を選ぶ理由の一つが、この38条9項です。ただし、特約は具体的に書く必要があり、単に「協議して定める」だけでは改定特約とは評価されにくく、32条の適用が残ると考えるべきです。

7. 札幌の管理会社が直面する場面

札幌では、固定資産税評価額の上昇、建築費・修繕費の上昇、暖房費を含む共益費の見直しが、貸主側の増額の動機になっています。一方、築年数の経過や周辺の新築供給を理由とする借主側の減額要求も増えています。実務上の留意点を挙げます。

  • 共益費・管理費の増額は、それが賃料の一部と評価されるかどうかで32条の適用が分かれる。実費精算型の共益費であれば契約上の精算条項に従い、定額で賃料と一体に扱われていれば32条の問題になり得る
  • 暖房費(セントラルヒーティングの燃料費等)を貸主が負担している物件では、燃料費上昇を賃料増額の根拠にするより、暖房費の負担区分を契約で切り分ける方が、争いになりにくい
  • 更新時に賃料を見直す運用の場合、更新の合意と賃料の合意を一体で行う。合意に至らずに法定更新となれば、従前賃料のまま更新され、その後は32条の請求によることになる
  • テナントの減額要求に対しては、周辺の成約賃料・空室率の資料を用意して協議に臨む。「一切応じない」と回答して調停・訴訟に進むより、暫定的な一部減額と期間限定の合意で決着する方が、双方の費用が小さいことが多い

8. チェックリスト

  • 管理会社は、賃料をめぐる対立が生じた後の交渉・条件提示・合意取り交わしを報酬を得て代理しない(弁護士法72条)と社内で明文化した
  • 管理受託契約書に「賃料交渉の代理」を管理業務として含める条項を置いていない
  • 対立が生じた時点でオーナーに弁護士への委任を提案し、交渉窓口を弁護士に移す手順がある
  • 契約書の賃料改定条項(協議条項・不増額特約・定期借家の改定特約)の内容を物件ごとに把握している
  • 増減請求は配達証明付き内容証明郵便で行い、到達日を記録している
  • 根拠資料(課税明細の推移、近傍同種の賃料資料、建物の状況)を請求前に揃えている
  • 増額請求後も借主が従前賃料を払い続けている場合、それを債務不履行として扱っていない
  • 減額請求を受けた場合、確定前は従前賃料を請求し、確定後の返還利息(年1割)を見込んでいる
  • 協議が不成立のときは訴訟ではなく調停を先に申し立てることを担当者が理解している
  • 定期借家契約では、賃料改定特約を具体的に記載し、32条の排除を意図していることを説明・記録している

よくある質問

Q. 固定資産税が上がったので、その分を賃料に上乗せしたいのですが。

A. 租税の増加は32条が挙げる事情の一つですが、それによって賃料が「不相当」になったことが要件です。課税明細の推移と近傍同種の賃料を示して増額を請求し、協議が整わなければ調停に進みます。税額の増加分をそのまま転嫁できるという意味ではありません。

Q. 増額を通知したのに借主が前の賃料しか払いません。解除できますか。

A. できません。増額を正当とする裁判が確定するまで、借主は相当と認める額を支払えば足ります。従前賃料を支払っている借主は債務不履行ではなく、解除通知は無効です。確定後に不足額と年1割の利息を請求できます。

Q. 契約書に「賃料の減額はしない」と書いてあります。借主の減額請求を拒めますか。

A. 不減額特約があっても、借主の減額請求権は妨げられないと解されています。32条ただし書が効力を認めているのは不増額特約だけです。定期借家契約で賃料改定特約を置いている場合は別です。

Q. いきなり訴訟を起こせますか。

A. 起こせません。民事調停法24条の2により、まず調停を申し立てる必要があります。調停を経ずに訴えを提起すると、裁判所が事件を調停に付します。

Q. 定期借家契約なら賃料を固定できますか。

A. 定期建物賃貸借で賃料改定に係る特約を置けば、借地借家法32条は適用されず、特約に従います(38条9項)。「契約期間中は改定しない」という特約も有効です。ただし、特約は具体的に書き、事前説明書面と契約書に明記してください。

Q. オーナーから「管理料の中でやってくれ」と言われ、借主との賃料交渉を管理会社が代理しています。問題がありますか。

A. あります。賃料の増減をめぐって対立している事件について、報酬を得る目的で交渉の代理や和解を業として行うことは弁護士法72条の非弁行為で、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金の対象です(同法77条)。管理料の中に含まれていても報酬目的に当たります。管理会社は通知の使者・資料の提供・事務連絡に留め、対立が生じた時点で弁護士に交渉窓口を移してください。

参考資料(一次資料)

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