高齢入居者と残置物——国交省・法務省モデル契約条項で孤独死・相続人不明に備える(札幌の居住支援窓口を含む)

不動産事業者向け

単身の高齢入居者が亡くなったとき、賃貸人が最も困るのは、賃貸借契約を終了させる相手と、部屋に残された家財を処分する権限がないことです。相続人が不明、連絡が取れない、相続放棄された。この状態で賃貸人が勝手に契約を終了させたり家財を処分したりすれば、自力救済として違法になります。

この構造を契約で解決するために、国土交通省と法務省は2021年6月に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しました。入居者が生前に、①死亡時に賃貸借契約を解除する代理権を受任者に与える委任契約と、②残置物の廃棄・送付を受任者に委ねる準委任契約を結んでおく仕組みです。2025年10月1日施行の改正住宅セーフティネット法では、居住支援法人が入居者から委託を受けて残置物処理業務を行えることになりました。

この記事では、モデル契約条項の構造、受任者になれる者と賃貸人がなってはいけない理由、契約がない場合の相続人調査と相続財産清算人、そして札幌市の居住支援の窓口を整理します。

この記事の内容

1. なぜ「入居を断る」のか——残置物リスクの正体

モデル契約条項の前注は、問題の構造を次のように整理しています。賃貸借契約の継続中に賃借人が死亡した場合、相続人の有無や所在が分からなかったり連絡が付かなかったりすると、賃貸借契約を終了させ、また物件内に残された動産(残置物)を処理することが困難になる。このリスクを賃貸人が感じているために、単身の高齢者が居住用物件を借りようとしても借りることができない問題が生じている、と。

法律上、賃借人が死亡すると賃借権と残置物の所有権は相続人に承継されます。賃貸人が契約を終了させるには相続人に対する解除の意思表示が必要で、残置物を処分するには相続人の同意か、相続人を相手にした明渡しの強制執行が必要です。相続人が誰か分からなければ、どちらも進みません。相続人が判明しても相続放棄されれば、相手は再びいなくなります。空室のまま賃料が入らず、家財を動かすこともできない期間が、数か月から年単位で続く。これが残置物リスクです。

2. モデル契約条項の構造——二つの委任契約

モデル契約条項は、単身の高齢者(60歳以上の者)が住居を賃借する事案を想定し、三つのまとまりからなります。第1は、賃借人が賃貸借契約の存続中に死亡した場合に賃貸借契約を終了させるための代理権を受任者に授与する委任契約(解除関係事務委任契約)、第2は、賃貸借契約終了後に残置物を物件から搬出して廃棄する等の事務を委託する準委任契約(残置物関係事務委託契約)、第3は、賃貸借契約にこれらの契約に関連する条項を設けるものです。第1と第2は賃借人と受任者の間で、第3は賃貸人と賃借人の間で締結されます。

第1 解除関係事務委任契約

委任者は、受任者に対して、委任者を賃借人とする別紙賃貸借契約目録記載の賃貸借契約(以下「本賃貸借契約」という。)が終了するまでに賃借人である委任者が死亡したことを停止条件として、①本賃貸借契約を賃貸人との合意により解除する代理権及び②本賃貸借契約を解除する旨の賃貸人の意思表示を受領する代理権を授与する。

残置物の処理等に関するモデル契約条項 第1 第1条(本賃貸借契約の解除に係る代理権)

賃借人の死亡を停止条件として、受任者が賃貸人との合意解除の代理権と、賃貸人からの解除の意思表示を受領する代理権を持ちます。これにより、相続人が不明でも、受任者と賃貸人の合意で契約を終了させることができ、賃料不払いを理由とする賃貸人からの解除も、受任者への意思表示で効力を生じさせられます。この契約は、受任者が委任者の死亡を知った時から一定期間(モデルでは6か月を例示)が経過した場合などに終了します。

第2 残置物関係事務委託契約

賃借人の死亡を停止条件として、受任者に、①非指定残置物を廃棄または換価する事務、②指定残置物を指定された送付先に送付、換価または廃棄する事務、③換価で得た金銭と物件内にあった金銭を相続人に返還する事務を委託します。「指定残置物」は、賃借人が廃棄してはならないものとして指定した動産で、指定残置物リストへの記載か、廃棄してはならない旨を示す指標の貼付などで指定します。指定のない動産は「非指定残置物」として、契約の定めに従い廃棄・換価されます。

廃棄の時期については、モデル契約条項は、保管に適する非指定残置物の廃棄について、委任者の死亡から【3か月】が経過し、かつ賃貸借契約が終了していることを条件としています。【3か月】はモデル上の設定であって一律の法定期間ではなく、当事者が事案に応じて定める構成です。保管に適しないものは別の扱いになります。受任者は、相続人の意向が知れているときはその内容、残置物の性質・価値・保存状況その他一切の事情を考慮して、委任者(の相続人)の利益のために事務を処理する義務を負います。

3. 受任者になれる者——賃貸人は避け、管理業者は誠実に

モデル契約条項は、受任者について明確な方針を示しています。解除関係事務委任契約の受任者は、まず賃借人の推定相続人のいずれかとするのが望ましく、推定相続人の所在が明らかでない、または推定相続人に受任する意思がないなど困難な場合には、居住支援法人や居住支援を行う社会福祉法人のような第三者を受任者とするのが望ましい、とされています。

賃貸借契約の解除をめぐっては賃貸人と賃借人(の相続人)の利害が対立することもあり得、それにもかかわらず賃貸人に賃貸借契約の解除に関する代理権を与えることは委任者である賃借人(の相続人)の利益を害するおそれがある。したがって、解除関係事務委任契約については、賃貸人を受任者とすることは避けるべきである(賃貸人を受任者とする解除関係事務委任契約は、賃借人の利益を一方的に害するおそれがあり、民法第90条や消費者契約法第10条に違反して無効となる可能性がある。)。また、賃貸人から委託を受けて物件を管理している管理業者が受任者となることについては、直ちに無効であるとはいえないものの、賃貸人の利益を優先することなく、委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する必要がある。

残置物の処理等に関するモデル契約条項 第1の前注2

管理会社が受任者になることは禁止されていませんが、賃貸人の利益を優先せず、賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する義務を負います。管理会社が受任者になる場合は、この利益相反の構造を理解し、廃棄の判断や換価の方法を記録で説明できるようにしておく必要があります。前注はまた、モデル契約条項は賃借人に一定の負担を課すため、残置物リスクへの不安が生じにくい場面(個人の保証人がいる場合など)で使用すると、民法90条や消費者契約法10条に違反して無効となる可能性があると注意しています。すべての入居者に一律に求める書式ではありません。

4. 2025年10月——居住支援法人の残置物処理業務

住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(住宅セーフティネット法)の改正法が2025年10月1日に施行され、居住支援法人の業務に、入居者からの委託に基づく残置物処理が加わりました。国土交通省の説明では、指定した家財等を事前に決めた送付先に送り、それ以外の残置物の廃棄や換価などを法人に委任できる仕組みです。既に指定を受けている居住支援法人が残置物処理業務を新たに行うには、業務の変更の認可と残置物処理業務規程の認可が必要とされています。

改正法は同時に、居住支援法人と賃貸人が連携して入居者を見守る「居住サポート住宅」の認定制度を設けました(同法40条以下)。管理会社にとっては、モデル契約条項の受任者を、推定相続人がいない入居者について居住支援法人に引き受けてもらう経路が制度上明確になったことになります。

5. 契約がない場合——相続人調査と相続財産清算人

モデル契約条項を締結していない入居者が亡くなった場合、賃貸人側は法定の手順をたどります。

  1. 死亡の確認と現場の保全——警察・親族・緊急連絡先からの連絡で死亡を把握したら、室内に無断で立ち入って家財を動かさない。鍵の管理と施錠状態を記録する
  2. 相続人の調査——賃貸人も、未払賃料の請求など自己の権利行使等に必要な場合には、契約書等で必要性を示すことにより、戸籍法10条の2に基づく第三者請求が認められることがある(無条件に取得できるわけではない)。弁護士に依頼した場合は、受任事件に必要な範囲で職務上請求を行う方法もある。緊急連絡先や保証人からの情報も手がかりになる
  3. 相続人への通知と協議——相続人が判明したら、契約の解除(または合意解除)と残置物の引取りを求める。相続放棄の予定があるか確認する
  4. 相続人不明・全員放棄の場合——利害関係人として家庭裁判所に相続財産清算人の選任を請求する(民法952条)。清算人が選任されれば、清算人との間で契約の終了と残置物の処理を進める。相続財産の保存に必要な処分として相続財産管理人の選任を求める経路もある(897条の2)
  5. 強制執行——相続人または清算人が任意に明渡さない場合は、建物明渡請求訴訟と強制執行による

相続財産清算人の選任には、申立人が予納金を納める必要があり、金額は事案により家庭裁判所が定めます。清算人の選任から実際の明渡しまでには相当の期間がかかります。この時間と費用が、モデル契約条項を締結しておく動機です。

6. 札幌市の居住支援——窓口と協議会

札幌市居住支援協議会は、高齢者や障がい者など住宅の確保に特に配慮を要する方の賃貸住宅への入居の円滑化について協議することを目的として、2020年1月に設立されました。協議会は居住支援相談窓口「みな住まいる札幌」を運営しており、相談業務は一般社団法人あんしん住まいサッポロが受託しています。相談は事前予約制で、札幌市役所2階と「みな住まいる札幌」で受けています。

管理会社・オーナーの側から見ると、単身高齢者の入居申込みを受けたとき、モデル契約条項の受任者を探す、見守りサービスと組み合わせる、居住サポート住宅の認定を検討する、といった選択肢について相談できる窓口です。北海道が指定する居住支援法人には、独居高齢者と空室に悩むオーナーのマッチングを行う団体も含まれています。「高齢だから断る」という判断は、宅建業法上の問題を生じ得るだけでなく、空室対策としても合理的でなくなりつつあります。

7. 実務チェックリスト

  • 単身高齢者の入居時に、モデル契約条項に基づく解除関係事務委任契約・残置物関係事務委託契約の締結を案内する書式と説明文がある
  • 受任者の候補として、推定相続人、居住支援法人、社会福祉法人の順で検討する手順を定めた
  • 管理会社が受任者になる場合の利益相反への対応(判断の記録、換価方法の説明)を定めた
  • 個人保証人がいる等、残置物リスクの不安が生じにくい入居者に一律に求めていない
  • 指定残置物リストと指標貼付の運用を入居者に説明している
  • 契約がない入居者の死亡時の手順(立入禁止、相続人調査の弁護士依頼、相続財産清算人の検討)を定めた
  • 札幌市居住支援協議会・居住支援法人の連絡先を把握している

よくある質問

Q. 入居者が亡くなり、相続人と連絡が取れません。家財を処分してよいですか。

A. できません。残置物の所有権は相続人にあり、賃貸人が処分すれば自力救済として損害賠償や刑事責任の問題になります。相続人調査、相続財産清算人の選任、明渡しの強制執行という手順をたどってください。

Q. モデル契約条項の受任者に管理会社がなれますか。

A. 禁止はされていませんが、賃貸人の利益を優先せず、賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する義務を負います。まず推定相続人、次に居住支援法人等を検討し、管理会社が受任する場合は判断の記録を残してください。賃貸人自身が受任者になることは避けるべきとされています。

Q. すべての入居者にこの契約を求めてよいですか。

A. モデル契約条項は単身の高齢者(60歳以上)を想定し、残置物リスクへの不安が生じにくい場面(個人保証人がいる等)で使用すると民法90条や消費者契約法10条により無効となる可能性があると注意しています。対象を絞ってください。

Q. 居住支援法人に残置物処理を頼めるようになったと聞きました。

A. 2025年10月1日施行の改正住宅セーフティネット法で、居住支援法人の業務に入居者からの委託に基づく残置物処理が加わりました。実施には法人側で業務変更と業務規程の認可が必要なので、対応している法人かを確認してください。

Q. 相続財産清算人を立てるのにどれくらいかかりますか。

A. 予納金と期間は事案と家庭裁判所の運用により異なり、一般化できません。相当の時間と費用がかかることを見込み、可能な限り入居時にモデル契約条項で備えておくことを勧めます。

参考資料(一次資料)

ご相談について

当事務所では、モデル契約条項に基づく委任契約書式の整備と入居者への説明文の作成、入居者死亡時の相続人調査(職務上請求による戸籍収集)、相続財産清算人の選任申立て、相続人との契約終了・残置物処理の交渉をお受けしています。入居者の死亡を知った当日にご連絡いただければ、立入りの可否から手順を一緒に確認します。

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