親に認知症の診断があったため、残された遺言は無効ではないかと疑問を持つことがあります。他方、公正証書だから必ず有効だと言われ、確認を諦めてしまうこともあります。遺言の有効性は、診断名や書面の種類だけで一律に決まるものではありません。
民法963条は、遺言をする時にその能力を有することを求めています。重要なのは、問題となる遺言を作成した時点の状態です。遺言そのものの内容と、その前後の医療・介護・生活の資料を区別して整理しましょう。[1]
この記事の内容
- いつのどの遺言を検討するか決める
- 診断名や検査の点数だけで結論を出さない
- 診療と介護の記録を時系列にする
- 遺言の内容と本人の説明を照合する
- 公正証書と検認の意味を確認する
- 争う場合も作成を支援する場合も記録を残す
- よくある質問
いつのどの遺言を検討するか決める
まず、遺言書の作成日、方式、原本の所在、作成に関与した人を確認します。複数の遺言がある場合は、それぞれの日付と内容を並べます。最も新しい日付の遺言だけを見て、以前のものを処分しないでください。
能力の問題は、死亡時の状態や現在の家族の印象から直ちに判断できるものではありません。作成後に状態が悪化していたとしても、そのことだけで数年前の遺言が無効と決まるわけではありません。[1]
反対に、診断を受けた日が作成後だったとしても、作成当時の状態を調べる意味がなくなるわけではありません。診断日、症状が現れた時期、日常生活の変化を分けて時系列を作ります。
遺言の有効性が争われる場合には、能力のほか、自書、日付、署名押印、本人の意思による作成か等が別の争点になることがあります。「認知症だから」という1点にまとめず、どの要件をどの事実から疑うか整理してください。
診断名や検査の点数だけで結論を出さない
認知症という診断名は重要な事情ですが、それだけで個別の遺言の法律上の評価が決まるわけではありません。診療記録を確認する場合は、診断の時期、診察時の説明、生活上の困り事、経過等も合わせて把握します。
認知機能の検査結果がある場合は、実施日、検査の種類、当時の状況を確認します。点数だけを抜き出して「この数字なら必ず有効」「この数字以下なら無効」といった基準を自己流で作ることは避けてください。
日常会話ができたという事情も、財産の内容や遺言による帰属の変化を理解していたことと必ず同じではありません。何についてどのように話していたのか、具体的な発言を確認する必要があります。
医療上の評価と法律上の判断は役割が異なります。医師の所見は重要な資料ですが、家族が一部の文言を切り取り、結論だけを求めるのは適切ではありません。遺言の内容や作成経緯も含めて、弁護士と必要な資料を整理します。
診療と介護の記録を時系列にする
診療録、診断書、検査結果、入退院の記録、介護認定に関する資料、施設の記録等が手掛かりになります。どの資料を誰が取得できるかは、医療機関等の手続と請求する立場によるため、必要書類を確認してください。
作成日の前後に入院や体調の急変があった場合には、その時期を具体的に記載します。服薬や治療内容の影響について家族だけで医学的な結論を出さず、記録を基に専門的な評価が必要かを検討します。
介護記録には、金銭管理、見当識、意思の伝達、日常の判断などの情報がある場合があります。ただし、同じ表現でも作成目的が異なるため、要介護度等をそのまま遺言能力の判定に置き換えないことが大切です。
資料が残っているか不明な場合は、早めに保管状況と取得方法を確認します。記録がない期間は空白として示し、後から都合のよい事実を補わないでください。記憶に基づく説明には、誰がいつ経験したことかを添えます。
遺言の内容と本人の説明を照合する
誰にどの財産を渡すのか、全財産なのか特定財産なのか、配分は複雑かを確認します。本人が財産の種類、家族関係、遺言をする意味をどう理解していたかを検討する際には、実際の条項が出発点になります。[1]
従前の発言や以前の遺言と大きく異なる場合は、変更の理由が分かる資料を探します。ただし、家族にとって意外な内容だから直ちに無効ということではありません。本人が考えを変えることもあるため、変化の経緯を丁寧に確認します。
財産を多く取得する人が予約や資料収集を手伝っていた場合、その関与の内容を整理します。手伝ったという事実だけで不正と決めつけず、本人との打合せ、草案の作成、説明、当日の同席を区別してください。
本人が自分の言葉で理由を説明した記録がある場合も、いつ、誰に、どのような質問に答えたかを確認します。誘導的な質問への短い返事と、自発的な説明を同じものとして扱わないようにしましょう。
公正証書と検認の意味を確認する
公正証書遺言では、公証人が本人の意思を確認して作成します。その作成経過は重要ですが、公正証書であるという一事だけで、能力等に関する争いが全て排除されると考えないでください。内容と具体的な事情を確認する必要があります。[2]
自筆証書遺言の検認は、書面の状態等を確認するための手続です。裁判所で検認を受けたことは、遺言をする能力があったという最終判断を意味しません。検認調書等と、有効性を検討する資料を区別して扱います。[3]
成年被後見人が遺言をする場合には、能力を一時回復した時に医師2人以上の立会い等を要する特別の規定があります。成年後見人が本人に代わって遺言をすればよいという制度ではありません。[1]
後見開始の審判があるか、その時期と類型はどうかも確認します。後見に関する書類と診療記録は異なる資料です。本人を支援する制度を利用していたことを隠さず、遺言作成時の事情と合わせて相談してください。
争う場合も作成を支援する場合も記録を残す
死亡後に有効性を争う場合は、遺言書の写し、作成日周辺の資料、家族関係、財産一覧、関係者の連絡をまとめます。財産が既に移転しているか、今後処分される予定があるかも伝え、必要な手続の順序を検討します。
無効を調べている間も、遺留分や相続放棄など別の制度の期間に注意が必要です。無効の主張さえしておけばほかの期限が止まるという理解は避けます。各制度で必要な通知や申立てを確認してください。[1]
これから遺言を作る本人を支援する場合は、本人が落ち着いて希望を説明できる環境を整えます。家族の都合に合わせて結論を急がせず、体調や意思確認の方法を公証人や専門家へ伝えます。記録作成のために無理をさせることも避けましょう。
録画等を残す場合にも、それだけで有効性が保証されるわけではありません。編集前の記録、撮影日時、参加者、質問の流れを保存し、作成の補助資料として位置付けます。本人の希望を尊重し、方式と内容と作成時の状態を一体として確認することが大切です。
よくある質問
Q. 認知症と診断されていれば遺言は必ず無効ですか。
A. 診断名だけで一律には決まりません。遺言を作成した時点の能力を、内容と当時の資料から検討します。
Q. 検査の点数が高ければ必ず有効ですか。
A. 点数だけで結論は出せません。実施時期、検査時の状態、遺言の内容や作成経緯等を確認します。
Q. 公正証書なら能力を争えませんか。
A. 公正証書という理由だけで全ての争いが排除されるわけではありません。具体的な事情と資料を確認します。
Q. 後見人が本人の代わりに遺言できますか。
A. 遺言は本人がするものです。成年被後見人については、民法の特別な要件も確認する必要があります。
Q. 家族の記憶だけでも相談できますか。
A. 相談は可能です。記憶による部分と当時の記録を分け、作成日、医療機関、関与した人を整理して持参してください。
参考資料(一次資料)
- [1] 民法(現行条文)
- [2] 日本公証人連合会 遺言
- [3] 裁判所 遺言書の検認
- 資料確認日 2026年9月23日
ご相談について
札幌手稲ポプラの丘法律事務所では、相続に関するご相談を承っています。手元の資料とこれまでの経緯を基に、必要な手続と対応の順序を整理します。

