利用者の買い物代を預かる、通帳を保管する、家族に代わって日用品を購入する。金銭管理は小さな親切から始まることがある。しかし、金額が小さくても、本人のお金と施設のお金の区別がつかなくなれば、返還や不正使用をめぐる重大な紛争につながる。
金銭を預かる前に、誰の依頼で、何のために、どこまで扱うかを決めることが重要である。本稿は札幌市の有料老人ホーム指針を一つの手掛かりに、介護事業者が預り金の運用を点検する方法を整理する。すべてのサービスに同じ指針が直接適用されるわけではない。[1]
この記事の内容
- 1 本人管理を原則に預かる必要性を確認する
- 2 預かる物と使える範囲を書面にする
- 3 受領と支出と残高を一本の記録でつなぐ
- 4 定期報告を本人の確認につなげる
- 5 残高が合わないときは埋め合わせる前に調べる
- 6 退去や死亡時は受け取る権限を確かめる
- よくある質問
1 本人管理を原則に預かる必要性を確認する
札幌市の有料老人ホーム指針は、入居者の金銭や預金等は本人が管理することを原則とする。設置者が管理する場面についても、本人の依頼等の条件と、書面による確認、管理方法や定期報告等を定めることを示している。「入居者は全員通帳を預ける」という一律の発想から始めない。[1]
本人が扱える金額や、支援が必要な手続は人により違う。小遣いの管理はできるが振込が難しい場合と、継続的な財産管理の支援が必要な場合を分ける。事業所が引き受ける範囲を超えるときは、成年後見等の制度や地域の相談窓口につなぐことを検討する。
家族から頼まれた場合も、その家族が本人のお金についてどの権限を持っているかを確認する。家族の了解があれば預金を自由に引き出せる、ということにはならない。本人の意思、判断する力、代理権の有無を整理し、金融機関の取扱いも確かめる。
2 預かる物と使える範囲を書面にする
書面には、現金、通帳、カード等のうち何を預かるか、管理の目的、支出できる項目、承認の方法、保管場所、報告先、終了時の返還方法を記載する。「生活に必要な一切の管理」とだけ書くと、施設利用料の引落しから贈答品の購入まで際限がなくなる。
例えば、日用品の購入代を預かるなら、購入依頼の受け方、1回の支出の確認方法、残高が少なくなったときの連絡を決める。支援費用を別途徴収する場合は、その根拠と金額を説明し、預り金から当然に差し引かない。契約上の料金と預り財産を混同しないことが基本になる。
通帳とカードの保管、暗証番号の取扱いなどは、現金出納とは別のリスクを伴う。職員個人の携帯電話や手帳に情報を残す運用は避け、金融機関のルールに沿った方法を確認する。預かる必要のない物は、便利だからという理由で集めない。
3 受領と支出と残高を一本の記録でつなぐ
預かった時点で、日付、金額、受領者、預けた人、目的を記録し、受領を確認できる書面を交付する。利用者ごとの残高を把握し、施設の運営費や職員の立替金と混ぜない。複数の利用者の現金を一つの袋で管理するような方法は、残高不一致の原因になる。
支出時には、本人の依頼や承認、購入内容、領収書、出納帳を結び付ける。領収書が出ない支出も、理由、相手、日時、金額を記録する。領収書を紛失したから適当な別のレシートを添える、といった処理はしてはならない。
現金の出し入れ、記帳、照合を一人で完結させない運用を検討する。少人数の事業所でも、施設長が定期的に残高を照合する、受渡し時に別の職員が確認するなど、実施可能な方法がある。担当者を疑うためではなく、誤りと不正を早く見つけ、担当者を守るための仕組みである。
4 定期報告を本人の確認につなげる
月末の残高だけでは、何に使ったかが分からない。開始残高、受領額、支出内訳、終了残高が一致する明細を作り、本人や適切な報告先へ説明する。本人が確認できる場合には、家族だけへ報告して本人の了解を省かない。
認知症があっても、金額や買った物の説明を工夫することで本人が確認できる部分はある。本人が希望した品物が届いたか、使い残した現金が返っているかなど、日常のやり取りも大切な確認になる。制度上の代理権が必要な事項とは区別する。
家族から「今月は支出を止めてほしい」と言われたときも、本人の意思と生活上の必要性を確かめる。家族間の対立や財産管理の問題を、現場職員が独断で解決しない。報告先や管理方法を変更するときには、変更の根拠と時点を記録する。
5 残高が合わないときは埋め合わせる前に調べる
残高不一致が見つかったら、まず現金、出納帳、領収書、受領記録を保全し、管理者へ報告する。担当職員の私費で不足分を補うと、何が起きたかが分からなくなり、同じ問題を繰り返すおそれがある。帳簿の数字を合わせることを最優先にしない。
数え間違い、記帳漏れ、別利用者への誤計上、不正使用などの可能性を分けて確認する。関係職員の説明を記録し、事実が確定する前に誰かを横領者と決めつけない。他方、不正が疑われるのに「小額だから」と放置せず、本人保護と外部への相談・報告の要否を検討する。
札幌市の介護保険施設等の事故報告要綱では、不適切な会計処理や不法行為等も報告対象に挙げられている。適用される施設・事業所と事実関係を確認し、必要な連絡を行う。返金したことだけで報告の検討が不要になるとは限らない。[2]
担当者の交代時に行う実物確認
金銭管理の担当が交代するときは、出納帳を引き継ぐだけにしない。利用者ごとの現金、通帳等の保管物、未精算の立替え、未提出の領収書を確認し、交代時点の残高を双方で記録する。後から不足が発見されても、どの時点まで確認できていたかが分かるようにする。
本人が入院中で買い物をしていない月も、預り物の保管と残高確認は続ける。動きがない期間ほど確認が形骸化しやすく、担当者の異動や休職を機に所在が分からなくなることがある。使用頻度と保管責任は分けて考える。
管理規程では、通常の支出担当者が不在のときの代行者を定める。鍵を知っている人なら誰でも現金を取り出せる状態や、急ぎの買い物を理由に職員間で現金だけを渡す状態を作らない。代行した支出も、後から同じ帳簿と証憑へつながる方法にする。
また、施設利用料の請求担当と預り金の管理担当の間で、何の入金かを照合する。家族が送った金額を小遣いとして預かったのか、利用料として受領したのかが曖昧なら、送金目的を確認してから処理する。帳簿の分類を後から都合よく変えることは避ける。
6 退去や死亡時は受け取る権限を確かめる
退去時には、精算日までの明細、残金、保管物を確認し、本人または受領権限のある人へ返す。物の返却と施設への未払金請求は別に整理する。権限なく預り金を未払利用料へ充当したり、返還を条件に契約への署名を迫ったりしない。
死亡時も、最初に来た家族へ全額渡してよいとは限らない。契約上の返還先、相続関係、代理権等を確認する必要がある。返還の相手が定まらないときは保管と記録を続け、担当者の判断で分配しない。死後事務の依頼があっても、財産を自由に処分できるとは考えない。
- 管理を引き受ける根拠と範囲を書面で確認した
- 利用者別の現金・帳簿・証憑が一致している
- 出納担当と照合担当を分けている
- 本人等への報告と変更履歴が残っている
- 退去・死亡時の返還相手と方法を確認する手順がある
よくある質問
Q. 家族が頼めば本人の通帳を管理できますか
A. 家族の依頼だけで権限が決まるわけではありません。本人の意思と判断能力、家族の権限、施設の基準や契約を確認します。
Q. 少額なら領収書は不要ですか
A. 少額でも出納の根拠が分かる記録を残します。領収書がない場合の代替記録もあらかじめ定めます。
Q. 不足分を職員が補えば問題は終わりますか
A. 原因が分からなくなるため、まず管理者へ報告し、現物と記録を保全します。返金と原因調査・報告の要否は別です。
Q. 預り金から滞納利用料を引いてよいですか
A. 自動的にはできません。管理目的、契約、充当や相殺の要件を確認し、本人の財産を権限なく処理しないようにします。
Q. 死亡時は緊急連絡先の家族へ返せますか
A. 連絡先であることと受領権限は別です。返還先の根拠を確認し、受領記録を残す必要があります。
参考資料(一次資料)
- [1] 札幌市 有料老人ホーム設置運営指導指針(2025年2月1日適用 金銭等管理)
- [2] 札幌市 介護保険施設等における事故発生時の報告取扱要綱(2026年4月1日施行)
- 資料確認日 2026年9月23日
ご相談について
預り金の管理規程、依頼書、出納記録を確認します。残高不一致や返還先の争いが生じたときは、記録を保全したうえでご相談ください。
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