経営者・事業主が遺言を書いていないと何が起こるか ~事業承継と相続の交差点~

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経営者・事業主が遺言を書いていないと何が起こるか ~事業承継と相続の交差点~

「遺言は個人の問題だから、事業とは関係ない」

そう思っている経営者の方は少なくありません。しかし、事業を営む方にとって、遺言がないことのリスクは一般のご家庭よりもはるかに大きいのが現実です。

経営者の相続は「普通の相続」ではない

個人の相続であれば、遺産分割協議が長引いても、困るのは基本的にご家族だけです。しかし、経営者が遺言なく亡くなった場合、影響は家族の範囲にとどまりません。従業員、取引先、顧客、そして事業そのものに直接的な打撃を与えます。

特に、薬局や診療所を経営されている方は注意が必要です。開設者が死亡した場合、許認可の問題が即座に発生します。遺産分割協議が長引いている間にも、事業の許認可に関する届出期限は待ってくれません。

<株式・持分が凍結される>

中小企業の株式や医療法人の持分は、経営者個人の遺産です。遺言がなければ、これらは遺産分割協議の対象となり、協議が整うまで相続人全員の共有状態になります(民法898条)。

共有状態では、株主総会の議決権行使すら困難になります。権利行使者の指定(会社法106条)には共有者の持分の過半数の同意が必要であり、相続人間で意見が割れれば、会社の意思決定が完全に止まります。

役員の選任・解任もできない、重要な契約の締結もできない、融資の借換えもできない。事業が「生きたまま動けない」状態に陥るのです。

<薬局経営者特有のリスク>

薬局の開設者が個人の場合、開設者の死亡により薬局開設許可は失効します(薬機法についての届出が必要)。相続人が薬剤師であっても、改めて許可申請を行い、許可が下りるまでの間の対応を検討しなければなりません。

法人の場合でも、代表者の変更届出、場合によっては定款変更が必要です。持分や株式が遺産分割の対象として凍結されている間、これらの手続を誰の権限で進めるのかが問題になります。

遺言で後継者に株式を集中させ、遺言執行者を指定しておけば、こうした手続を速やかに進めることができます。

<医療法人の場合>

医療法人の出資持分がある場合(経過措置型医療法人)、持分は相続財産となります。遺産分割協議が長引けば、持分の帰属が不明確な状態が続き、社員総会の運営に支障をきたします。

また、持分の払戻請求権は、相続人が医療法人に対して行使できるものです。後継者以外の相続人が払戻しを請求すれば、医療法人の財務基盤を直撃します。遺言によって持分の承継先を明確にしておくことで、このリスクを回避できます。

<個人事業の貸付金・保証債務>

個人事業主の場合、事業用の借入金や信用保証協会の保証債務も相続の対象です。これらは法定相続分に応じて当然に分割承継されます(最判昭和34年6月19日)。

つまり、事業を承継しない相続人も、法定相続分に応じた債務を負うことになります。「事業は長男が継ぐから、借金も長男が全部引き受ける」という合意を相続人間でしたとしても、債権者の同意がなければ、債権者に対しては効力がありません。

遺言で事業用資産と債務の承継者を明確にし、あわせて債権者との間で免責的債務引受の手続を進めておくことが重要です。

<連帯保証の問題>

中小企業の経営者は、会社の借入れについて個人保証をしていることがほとんどです。この連帯保証債務も相続の対象となり、相続人全員が法定相続分に応じて保証債務を承継します。

事業に関与していない配偶者や子が、突然、数千万円の連帯保証人になるという事態が現実に起こります。遺言だけでこの問題を完全に解決することはできませんが、事業承継計画と遺言を一体的に設計することで、リスクを最小化することは可能です。

公正証書遺言と遺言執行者の指定

経営者の遺言は、公正証書で作成することを強くお勧めします。

自筆証書遺言では、形式不備による無効リスクがあります。事業承継という重大な局面で遺言の有効性が争われることは、絶対に避けなければなりません。公正証書遺言であれば、公証人が作成するため形式面での問題は生じません。

また、遺言の中で信頼できるご家族を遺言執行者に指定しておくことで、相続開始後に遺言執行者が単独で株式の名義書換や預貯金の払戻し等の手続を進めることができます(民法1012条)。事業の空白期間を最小限に抑えるためには、遺言執行者の指定が不可欠です。

事業承継と遺言を一体で考える

遺言は「相続対策」であると同時に「事業承継対策」です。

後継者に株式や事業用資産を集中させること、後継者以外の相続人には他の財産で遺留分を確保すること、許認可の承継手続を速やかに行える体制を整えておくこと。これらを遺言の中で一体的に設計することで、経営者の突然の不在という最悪の事態にも、事業が止まらない仕組みを作ることができます。

「まだ元気だから」「後継者が決まってから」ではなく、事業が順調な今こそ、遺言の作成に着手すべきです。事業が傾いてからでは、選択肢が狭まります。

経営者の遺言・事業承継のご相談は、お気軽にお問い合わせください。

札幌手稲ポプラの丘法律事務所
弁護士 石垣徹郎(弁護士・薬剤師)
TEL:011-558-1763

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